[連載]アメシストの神秘 紫の復権 色や大きさと並んで、宝石の価値を決める重要な要素でありながら、未解明のことが多い、宝石の「カット」。宝石界の第一人者・諏訪恭一さんが、最近見出したというその変遷と、アメシストにおすすめのカットについて、「橋本コレクション」の貴重な指輪とともに解説します。・
前回の記事はこちら→
vol.3 4000年前から現代へ。宝石のカット、その変遷(前編)

すべて国立西洋美術館蔵 橋本コレクション
国立科学博物館特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」(2022年)を監修した際、私は宝石のカットについて、いくつもの発見をしました。私の目を開いてくれたのは、特別展に出品された「橋本コレクション」の宝石付きの指輪約200点です。
橋本コレクションとは── 東洋美術のコレクターとして知られた実業家の橋本貫志(かんし)さん(1924~2018年)が蒐集した、指輪を主とする約870点のコレクション。2012年に東京・上野の国立西洋美術館に寄贈された。
指輪は、発掘された場所や材質、デザインによって、制作された時代や背景が推定できます。そこで私は、あらゆる角度から撮影された指輪の写真をつぶさに観察し、時代順に並べて年表を作成しました。その結果、ファセット(宝石表面の切子面)をつけない宝石が遥か昔から美しいまま残っていることや、ファセットで囲まれた多面体に仕上げる「ファセットカット」を代表するブリリアントカットが、まだ歴史が浅いものであることに気づいたのです。
紀元前1991~1650年頃エジプトで作られた指輪《スカラべ》。カボションカットのアメシストは古代エジプトで再生の象徴とされたスカラベ(甲虫)をかたどったもので、その頭から尾までを貫く穴に金線が通っている。亡き王の復活を願う護符として棺に納められていたものか。

ギリシャの指輪《セイレンたち》。紀元前2~1世紀に彫刻されたアメシストを18世紀以降に指輪に仕立てたもの。目を引くインタリオ(陰刻)は、頭が女性で体が鳥の姿をしたギリシャ神話の海の怪物、セイレン。
並べた指輪をカットに着目して見ると、一番古いものがドーム状のカボション、次が板状のスラブで、どちらも日本の縄文時代にあたる頃から作られていました。ダイヤモンドを最も輝かせるといわれるブリリアントカットが登場するのは、回転する研磨盤を用いて高い精度で研磨する技術が開発された1700年代。
18世紀の指輪《マーキーズ形の指輪》。制作地は不明。ダイヤモンドに囲まれた7つのアメシストはブリリアントカット。

英国で1920年頃制作された《アメシストと二羽の鳥》。作者のジョージ・ハントは、ウィリアム・モリスを中心としたアーツ&クラフツ運動の影響を受けた英国のジュエラー。カボションのアメシストとペリドット、鳩のエナメル装飾からなる芸術的な一品。
また、ファセットをつけないカットスタイルの宝石は、角や稜線が欠けてしまう心配がないため、長くよい状態を保ちやすいこともわかりました。特に、宝石の中で最も硬い硬度10のダイヤモンドや硬度9のルビー、サファイアと比べて、硬度7のアメシストは傷がついたり摩耗したりしやすく、基本的にはカボションカットなどが向いています。
「宝石とは、人から人へ受け継がれ、価値を持ち続けるもの」と考える私にとって、こうした発見はファセットをつけていないカットを見直すきっかけにもなりました。この世界に入って60年になりますが、まだまだ新しい発見がある。それほど宝石とは奥が深いものなのです。
(諏訪恭一・談)
・次回へ続く。
諏訪恭一さん(すわ・やすかず)
1942年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。65年米国宝石学会(GIA)宝石鑑別士の資格を取得(日本人第一号)。諏訪貿易会長。国際貴金属宝飾品連盟色石委員会副委員長、国際色石協会執行委員などを歴任。2022年国立科学博物館特別展『宝石 地球がうみだすキセキ』監修。『決定版 宝石』(世界文化社)、『価値がわかる宝石図鑑』(ナツメ社)、『知っている人は得をしている宝石の価値』(新潮新書)など著書多数。
・
「アメシストの神秘」の記事一覧はこちら>>>