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二階堂ふみさんが能楽の扉を開く。人気連載の第4回目は「能楽シテ方宝生流」を訪ねます

2025.06.23

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〔連載〕二階堂ふみが体験して学ぶ 日本の美 その“奥”へ 日本の伝統文化を体感し、美の真髄に迫る人気連載。今回は、室町時代から能楽の伝統を受け継ぐシテ方宝生流の第二十代宗家・宝生和英さんのもとへ。能楽の扉を開き、俳優・二階堂ふみさんの記憶に刻まれたこととは? 学び手の新鮮な視点から見えてくる、能楽の魅力とともにご覧ください。前回の記事はこちら>>

連載「日本の美 その"奥"へ」の記事一覧はこちら>>

第4回 能楽シテ方宝生流

お太鼓のタレ先に般若を描いた昭和初期の染め袋帯を主役に、鼓の帯留めをあしらって。観世水を裾濃(すそご)にぼかし染めた絽紬で能楽尽くしの装いに。

宝生和英(ほうしょう・かずふさ)
シテ方宝生流第二十代宗家。1986年、室町時代より続く能楽の名門、宝生家に生まれる。東京藝術大学音楽学部邦楽科を卒業。伝統的な演出に重きを置きながら、海外での文化交流活動にも力を入れる。二階堂さん出演の『SHOGUN 将軍』で劇中能の監修・制作を行う。

最小限の演出で、見る者の想像力を最大限に引き出す

能楽の魅力を総体的にとらえるために、まず二階堂さんは楽屋にて面おもてをはじめ、能装束や扇を拝見。宗家から『羽衣』の謡(うたい)の稽古をつけていただきました。


宝生さん(以下、宝生) こちらは、二階堂さんとのご縁をいただいた『SHOGUN 将軍』でも登場した「霊怪士(りょうのあやかし)」の面です。

二階堂さん(以下、二階堂) 灯火の中で浮かび上がる能面が、非常に怖かったことを覚えています。

対談で話題に上った面のオリジナルで、約600年前の「霊怪士」(伝赤鶴〈しゃくづる〉作)

宝生 この面は、『船弁慶』に登場する平知盛など、怨霊と化した武将の役に用いるもの。平知盛は泳ぎに長け、最後は入水(じゅすい)して果てたことから、私は映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のキャプテン・バルボッサをイメージして演じます。

二階堂 そんなふうに異なるジャンルからイマジネーションを膨らませることもあるのですね。

シテ方の女性の正装である江戸期の小袖「金襴地唐織 蝶」。裾窄(すそすぼ)まりで装うため、足の運びが難しいとか。

謡の稽古に用いた『羽衣』の謡本。宗家曰く「シテ方五流のなかで宝生流は随一の読みづらさを誇る」と聞いて、「すぐには読ませないぞという意思を感じますね(笑)」と二階堂さん。

親指の腹で親骨を押し出すように広げる、鎮扇(しずめおうぎ)の開き方のコツを教わる。

宝生 舞台は演者の感性や経験値が表れるから面白い。演出には正解がなく、シテ方の人生がそのまま映し出されます。

二階堂 能楽はミニマムな演出だからこそ、かえって個性が際立つということでしょうか。

宝生 削れば削るほど、個性が表れます。最小限の演出で、見る人の想像力を最大限に引き出すことが能楽の魅力といえます。

二階堂 その個性を読み解くためには、見る側の経験値も問われますね。能楽の舞台というのは、演じる側、見る側の生き様が反映される一期一会のものなのですね。私自身の仕事にも通じるようです。

謡の稽古では「能楽の発声は腹式呼吸が基本。母音を意識しながら、音階よりもリズムを優先します」とご指導。宗家のお手本に耳を傾け「物語の情景が浮かんできますね」と、二階堂さんは三保の松原を想像する。

謡の稽古を終え、見台を前に一礼する。

非日常の動きに誘われ自分の存在を再発見する

初めて能舞台に上がったという二階堂さん。ハコビ(すり足)をはじめ、シカケやヒラキといった能楽ならではの基本の型を、宗家の導きにより体験します。

流水文様の綿絽に博多献上の半幅帯を凜と装った二階堂さん。宗家の導きで、流れに区切りをつける「上扇(あげおうぎ)」と呼ばれる基本の型を実践する。広げた扇の要の部分を親指と4本の指とでつまむようにして持ち、胸の前で縦にしたのち、上方に上げ、右のほうに下ろす。

「日常的な動きから離れることで自分のメンタリティまでも乖離するような感覚です」──二階堂ふみ

宝生 舞台では面をつけて動くので、バランス感覚を保つために、内転筋と足の親指に体重をかけるように重心を下げてみましょう。

二階堂 実際の生活で使わない筋肉の動きで、非常に難しいですね。

宝生 よい姿勢を示す言葉に、“胸を張る”という表現がありますね。大抵の人は胸を上に向けてしまいますが、肩甲骨を寄せて下げると、自然と胸が引き上げられます。

二階堂 この姿勢を保って、先ほどの橋掛かりをすうーっと歩くと、まさに幽幻の扉が開いて、あの世から現れたように見えますね。日常的な動きから離れることで、その動きと一緒にメンタリティも乖離していくような感覚を覚え、“自分”という存在を再発見するようです。

宗家が演じるのは、能『葵上(あおいのうえ)』の小書「梓之出」の六条御息所(ろくじょうのみやすどころ) の生霊(前シテ)。面は「泥眼(でいがん)」。白目の部分や歯が金泥で塗られていることからその名がつく。能楽の面において“金の眼”は、人間でない超人的存在(生霊や龍女など)の役に用いられる。物語の後半では、横川(よかわ)の小聖(こひじり)が加持祈禱を始めると、光源氏の愛を失った恨みから葵上に取り憑いた六条御息所の怨霊が、橋掛かりから厳かな気迫をまとい悪鬼となって現れる。

宝生 そうかもしれないです。私は能の目的は美を追求することだと思っています。たとえていうならばダビデ像のように(笑)、客観的にとらえて最も美しいと思われる形を常に探求しています。

二階堂 それが日々のお稽古ということでしょうか。

「世阿弥が説いた“離見の見”を日頃の稽古で徹底的に探求します」── 宝生和英

宝生 世阿弥は能楽論書『花鏡(かきょう)』の中で、“離見の見”という言葉を述べていて、演者が客観的な視点から自身の演技を見る重要性を説いています。型が定まり、フィジカル面でも十分に動ける30〜40代は、自らを客観視しながら試行錯誤を重ね、徹底的に自分を追い込むとき。常の稽古から、それを意識しています。



二階堂 時間は無限ではなく、有限ということですね。自分にいわれているような気持ちになりました。

宝生 年齢を重ねたら、蓄えた経験値を使うだけですので、今は失敗も含めて、貪欲に試練を求めています。

二階堂 ミニマムな世界観の中で表現されているからこそ、深める貪欲さが必要なのですね。

宝生 砂漠に水をまくように、何度やっても満足できずに飢えている状態です。舞台が終わった後も、達成感より先に、“もっとこうしたら”という気持ちが湧き起こります。やればやるほど、ハードルが上がる演目もあります。

二階堂 同じ演目、同じセリフでも、“今”の自分をどうやって映し出すかということなのですね。それは、とても共感できます。

現在の宝生能楽堂は1979年に再建されたもの。490席の客席を有し、都内屈指の広さを誇る。

感性を言語化しながらグレーゾーンの境地に導く

特別に許されて橋掛かりを渡ったり、能舞台で普段は使わない発声法や体の動きを学んだ二階堂さん。どんな世界が見えてきたのでしょうか。

能楽師が舞台に立つ前に面をつける「鏡の間」は、神と亡霊を体に宿し、一体化する神聖な場。「ここだけ空気が違いますね」と、厳かさに居住まいを正す二階堂さん。その特別な空間で、宗家が稽古に使う面を実際につけるという貴重な体験をした。

二階堂 能楽は、目に見えない世界と人々の生活が密接だった時代に生まれたということを体で感じました。その余韻が残っています。

宝生 さまざまな和の文化の蓄積があるからこそ、そうしたシグナルを感じやすいのでしょうね。

二階堂 現代は、どうしても目で見えるものにとらわれがちですが、稽古用の能面をつけさせていただいた際、視界が狭まるぶん、むしろ視野が広がるような……自分の感覚が無限に広がるように感じました。

宝生 それは嬉しいですね。一方で、能楽は理性を司る芸能だと思っています。自分の美的感覚を言語化することで、深い領域へ辿り着くことができ、それが鑑賞する人の感性を育てるのではないでしょうか。

二階堂 演者と観客の感性のラリーのようなものですね。単純化された芸術が増えている今こそ、能楽に触れて演目の背景を調べたり想像しながら、自分の芸術的感性を養っていく豊かさを感じました。

宝生 私は現実主義者なので、先人たちが説いてきた“間”や“華”などの感覚を言語化していく過程さえも楽しんでいます。

二階堂 そうなのですね。一方で、あの世とこの世を行ったり来たりすることを演じられていると、その狭間といいますか、グレーゾーンの思考を持って生きていらっしゃるように感じました。

宝生 能楽には魂を鎮める役割があると思っています。二階堂さんがおっしゃるように、自分の感性を研ぎ澄まし、グレーゾーンの入り口をくぐる手段ともいえますね。

二階堂 現代の日常では、白か黒かを短絡的に決めがちです。和の心とは、グレーゾーンに入る手段を体得することかもしれません。実際に体を動かすことで、その真髄に触れられたように思います。本日はありがとうございました。


二階堂ふみ(にかいどう・ふみ)
俳優。1994年、沖縄県出身。2011年に映画『ヒミズ』で第68回ヴェネチア国際映画祭において日本人初となる最優秀新人賞を受賞する。2024年『SHOGUN 将軍』で落葉の方を演じる。2025年夏に公開予定の日英合作映画『遠い山なみの光』では、物語の重要な鍵を握る役を演じる。

この記事の掲載号

『家庭画報』2025年07月号

家庭画報 2025年07月号

撮影/宮崎裕介〈SEPT.〉 ヘア&メイク/Eita〈IRIS〉 スタイリング/石田節子 着付け/桂田敬子 取材・文/樺澤貴子 きもの協力/石田節子呉服店

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