【今月の解説者】
大阪公立大学大学院医学研究科
肝胆膵外科学 教授
石沢武彰先生 
いしざわ・たけあき 肝臓手術の権威である幕内雅敏教授、腹腔鏡手術の奇才といわれるブリス・ガイエ教授（パリ）に師事。2008年、肝機能検査薬ICGを活用した「蛍光胆道造影法」を開発。以来、手術の安全性と確実性を高める蛍光イメージング技術の開発と普及に熱心に取り組む。日本蛍光ガイド手術研究会副代表世話人。一般向けの近著に『手術はすごい』（講談社ブルーバックス）がある。
手術中に切除すべき部位をガイドする「蛍光イメージング」肉眼で見えないものを光で明示し、安全で確実な手術を実施
術中のミスの大部分は血管や臓器の構造の誤認に起因する
「神の手」と譬（たと）えられるように手術では外科医の腕前がまず問われます。そのため、特に難易度が高い手術を行う領域では学会が高度な技能を持つ専門医を育成し、手術を安全かつ確実に行えるよう質向上に取り組んでいます。
一方で、「手術中のミスの大部分は血管や臓器の構造の誤認に起因します」と打ち明けるのは肝胆膵外科手術のエキスパートとして知られる石沢武彰先生です。
というのも人体の構造はじつに多様で、誰一人同じではなく、石沢先生のようなベテランの術者でも「誤認」を起こす可能性はゼロではないといいます。
こうした事態を打開し、外科医の実力を最大限に発揮する切り札の一つとして、2000年頃から「蛍光イメージング」技術の開発が始まりました。
「肉眼では見えにくい血管や臓器、通常の観察では見えない血流やがんの位置を“光”で明示することにより安全で確実な手術を実施します」。肝機能検査薬のインドシアニングリーン（ICG）に近赤外蛍光特性があることを知り、この特性を活用した「蛍光胆道造影法」（腹腔鏡下胆のう摘出術の際、組織に埋もれた胆管を光で明示する）を開発した石沢先生は、この技術を「がんの描出」にも応用し、難易度の高い肝臓がん手術で活用しました（図）。
蛍光イメージングを活用した肝臓がんの手術診断法
取材および石沢武彰先生からの提供資料をもとに作成
「がんの治療成績を向上するうえで最も重要なのは“確実にがんを取り切る”ことです。そのためには、腫瘍の範囲を明瞭に描出することが不可欠です」。
肝切除の主流が腹腔鏡下手術にシフトする中、この技術は触診の代用として積極的に導入されるようになり、蛍光イメージングを組み合わせると肝臓がんを根治切除できる確率が上がることも証明されつつあります。
大腸がん手術の重大な合併症である縫合不全（吻合部から便汁が漏れる）を防ぐために吻合部の腸管の血流評価にも応用され、その発生率が低下することもわかっています。また、脳腫瘍や膀胱がんの手術では5-ALAがICG同様に蛍光試薬として使われています。
そして今、がん種別の蛍光試薬の開発に世界中が競い合い、米国では肺がん、卵巣がんに有効な蛍光試薬が認可され、日本にも導入される可能性があります。「がんを取り残さずかつ臓器を不必要に取らないことで根治と合併症・後遺症の防止を両立できる技術として、応用可能ながん種がさらに増えることを期待したいです」。
・
連載「最先端医学 気になるキーワード」の記事一覧はこちら＞＞＞ 
