〔特集〕本物を持つことで生まれる豊かさ 「美しい家具」と暮らす 暮らしの中の美は人を幸せにする──たとえ、どんなに値が張ろうとも、いい家具にはそれを補って余りある豊かさがあります。生活の基盤となる家具は、決して間に合わせのものではなく、長く愛着をもって使うことができる“本物”をじっくりと吟味して選びたい。人生を豊かにする家具選びの極意と家具を愛する暮らしを紹介していきます。
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織田流、正しい家具選びの極意
愛着家具 傑作選
1500点近い膨大な椅子コレクションの中から、織田さんは「本当に大事に使いたいものだけ」を自宅に持ち込み、愛用しています。自宅は“家具の達人”の審美眼に適った、傑作選揃い踏みです。
Easy Chair No.53(イージーチェアNo.53)フィン・ユールが1953年にデザインしたもの。1980年代初頭、「デンパルマネンテ」でデッド・ストックとして残されていたローズウッドの新品。「動物の角を思わせる美しい肘を持つ。日本人の体型にも合う」。
Chieftain Chair(チーフティンチェア)「家具の彫刻家」フィン・ユール1949年作。「酋長の椅子」の異名を持つ。ニールス・ロッソ・アナセン工房のもの。チーク材でナチュラルレザー。「威厳、風格を兼ね備えた椅子の王者ともいうべき作品」。
Swivel Chair(スウィヴェルチェア)ハンス・ウェグナー1955年作。書斎で愛用。「PPモブラー社社長のアイナ・ピダーセンから直接買ったもの。背から肘にかけての美しいラインは、これを上回るものがない」。現行品はスカンジナビアン・リビング扱い。
本物の家具を大切に使う
「家具は生活の基盤となるものです。決して間に合わせのものを使ってはいけません。世界的にファスト製品がスタンダードになっていますが、私は一切、家庭に持ち込まない。安いものには必ずその裏に、問題が隠されています。低価格を実現するために払われた犠牲の上に生まれた製品に共通することは、モノとしての寿命が短いこと。それは資源の浪費であり、環境に負荷を与えることです。
私は、作り手や売り手だけでなく、使い手側にも責任が伴うと思っています。買ったからには最後まで使い抜く覚悟を持ちたい。消費者ではなく、使用者、そしてさらに愛用者になってほしいと思います。いいものを選ぶ力をつけるには『本物体験』をするしかない。つまり、自分の感性を磨くこと。私は若い頃、自らの予算で買える最高のものを買うことを心がけてきました。身銭を切ることは自分への投資。それが今の自分を形づくっているのです」
Easy Chair(イージーチェア)ハンス・ウェグナー1947年作。寝室で使用。「派手さはないが知性的で美しい。ウィンザーチェアに使うスピンドルが特徴的。掛け心地がよい」。スカンジナビアン・リビング扱い。
PK25素材の持つ特性を生かす「早熟の天才」ポール・ケアホルムの工芸学校卒業制作。1951年。「オリジナリティと普遍的な美しさはすごい」。現行品はフリッツ・ハンセン 東京扱い。
PK54ポール・ケアホルム1963年作。「80年代半ばにオークションで購入以来、ずっと倉庫に眠っていたテーブル。2002年に自邸が竣工してから使用。天板の高さが低くて落ち着く」。
今、北欧に学ぶ生活思想
「近代のスウェーデンの女性社会思想家、エレン・ケイは『暮らしの中の美は人を幸せにする』と語りました。また、1919年にはスウェーデンデザイン協会のグレゴール・パウルソンは『日用品をより美しく』と提唱。普段の日常生活の中で、本当にいいものを長く使うという高い生活文化、思想が北欧では根付いています。
それゆえ、北欧モダン黄金期のデザイナーたちは、生活本意で、無駄を排し、形を単純化し、素材を吟味し、長い使用に耐えうるものを作りました。私の家にある家具は、ほとんど60年、70年以上たったものばかりですが、全く輝きを失っていません」
The Hoop Chair(フープチェア)別名サークルチェア。ハンス・ウェグナー1986年の作だがスケッチを描いたのは1965年。PPモブラー社の技術で実現。「ウェグナーさんから研究用にとプレゼントされた」。現行品はスカンジナビアン・リビング扱い。
Oculus Chair(オキュラスチェア)ハンス・ウェグナーの作品。オキュラスはラテン語で「目」。「ウェグナーの自邸と同じ色で新調したもの。うちの家内は、ベアチェアの次に座りやすいと言っています」。現行品はカール・ハンセン&サン 東京本店扱い。
Chaise Longue(ブルーノ・マットソン寝椅子)スウェーデンのブルーノ・マットソンの数多いシェーズロングの一つ。「この自邸ができてからずっと愛用しているもの。クッション材が厚く、安楽性は抜群。犬を飼っていた時は、愛犬とともに食後の定位置でした」。
人生の節目に家具
「デンマークでは初任給で椅子を買うそうです。家具の産地である私の隣町の中学校では入学すると机と椅子が与えられ、卒業する時、椅子を持ち帰ることができます。自分のものですから大事に使いますよね。お父さんが定年退職した時、家族がお金を出し合って『パパベア』を買うというのもいい。
私の教え子で、結婚式のダイヤの指輪の代わりにいい椅子が欲しいというので、その代金に見合う家具を選んであげたことがあります。ダイニング家具を買うなら、私は予算の何倍もするものを薦めます。まとめて買うのではなくまずは夫婦二人分の椅子で。子どもができたら買い足す。ちょっと無理をして買うということは悪いことではない。苦労して買ったものは本当に大切に扱うものです。長く愛用する秘訣です」
No.900 Tea Trolley(ティ・トロリー900)フィンランドの巨匠アルヴァ・アアルトのワゴンの名作。1936~1937年。アルテック社。「札幌のインテリア店で見つけたもの。60年代に仕入れた在庫品だったので安価でした」。
LANTERN(レ・クリント ランタン)1943年創業のデンマークの照明ブランド「レ・クリント」のペンダント。日本の折り紙をヒントにプリーツのシェードを作ったのが始まり。現行品はスキャンデックス扱い。
cupboard(コーア・クリント カップボード)デンマーク近代家具デザインの父コーア・クリントの6人用カップボード。「分析の概念に基づく世界初のキャビネット。器の大きさの平均値を割り出し、合理的に収納できる」。
織田憲嗣(おだ ・のりつぐ)1946年高知県生まれ。大阪芸術大学卒業。髙島屋大阪支店宣伝部勤務の後、フリーランスのグラフィックデザイナー、イラストレーターとなる。1994年から北海道東海大学芸術工学部教授。2015年東海大学名誉教授に就任。1997年デンマーク家具賞受賞、2015年第1回ハンス・J・ウェグナー賞受賞。『ハンス・ウェグナーの椅子100』など著書多数。
(次回へ続く。
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