
三寒四温を繰り返しながら、ようやく春の気配が感じられるようになりました。3月5日は二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」。啓蟄の「啓」は開くという意味、「蟄」は土の中に隠れて閉じこもることを意味します。冬籠りしていた虫たちが目覚める季節ということです。都心に暮らしているとなかなか土に触れる機会は少ないかもしれませんが、僕の職業のひとつは庭師。土が目覚めるという感覚に共感すると同時に、こうして新しい言葉に出会うたびに、季節を繊細に捉える日本人の感性に感動しています。
啓蟄の意味を調べているときに知ったのは、「虫干しは啓蟄まで」という言葉でした。この「虫干し」という言葉も初めて知ったのですが、その歴史は平安時代の宮中行事にまで遡るそうです。湿気の多い日本では、きものはもちろん、掛け軸や書物などに風を通すことで虫食いやかびなどの点検をしたとか。物を大切にして長く受け継いでいく考え方にも、改めて感銘をうけました。
寒干しは虫が目覚める啓蟄の前までに終わらせるということで、「虫干しは啓蟄まで」という慣用表現が生まれたようです。この日は、初めての「寒干し」なるものに挑戦。昔の家では日の差さない部屋に竿をさげてきものを吊るしたそうですが、さすがに僕の自宅では難しいので、インテリアのアクセントとして骨董市で購入した屏風式の衣桁を用いることに。汗ばむ袖つけの部分や帯まわりにしっかり風が抜けるように、工夫してかけてみました。いつもはそばにきて戯れる愛猫のメちゃんも、きものが大切なものだと感じたらしく、この時ばかりは虫干しが終わるまで遠くから見守ってくれました。

村雨辰剛(むらさめ たつまさ)撮影/伏見早織 着付け/川上まり子 構成・文/樺澤貴子