カルチャー&ホビー

【スペシャル対談・後編】五木寛之さん × 成田悠輔さん ~これからを生き抜くヒント

2025.03.13

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〔創刊68周年 スペシャル対談〕五木寛之さん × 成田悠輔さん(後編) 日本を代表する知の巨人・五木寛之さん(作家)と、新時代を牽引する知の奇才・成田悠輔さん(経済学者)が小誌にて初対談。世界各地で頻発する紛争や異常気象、そして驚くべきスピードで進化するAI(人工知能)など課題が山積の時代ではありますが、これからを生き抜くヒントとなる金言溢れるひとときになりました。前回の記事はこちら>>

変化や崩壊が進む今、大事なのは無意識との対話

成田 五木さんは今も毎日、原稿用紙に向かわれていらっしゃるんですよね? 一番のルーティンのようなものはありますか?

五木 「流されゆく日々」という新聞連載を毎日1回分ずつ書いていまして。2024年12月初めで1万2000回を超えました。僕は当日書き上げるのが新聞連載のあるべき姿だと思っているので、ストックなしで毎日夜中の12時までに送るのだけれど、50年間一度も休んでいません。寝込んでいても、旅先からでもなんとか書き上げてきました。長く続ければいいというものでもないですが、それも一つの取り柄かも。

成田 ということは毎週5日、50年間書き続けられてきたということですよね……? お化けのような持続力とやる気ではないでしょうか(笑)。自分が絶対真似できない作家の皆さんの能力はともかく大量の原稿を書き続け、出し続ける力です。そのAIのような生産力はいったいどこから来るのでしょうか?(笑)


五木 “時代の流れに対する条件反射”なんでしょうか。書きたいことがまだいろいろあることが、われながら不思議です(笑)。歌人の正岡子規が書いた『病牀六尺』という随想、これは僕の座右の書なのですが、子規は脊椎カリエスの痛みと苦しみに七転八倒しつつ、俳句を作ったり論文を書いたりしていた。僕も体調が思わしくないときはこの本を読んで自分を励まし、乗り切ってきました。あとはやはり“ルサンチマン”かな。引き揚げ体験の怨念が内包されているから、時代に対してはどうしても一言いいたくなる。

成田 そのルサンチマンを文章に転化するうえで欠かせない習慣はありますか?

五木 だいぶ昔の話だけれど、井上 靖さんや作家の長老方がいらした酒席に、大江健三郎さんと参加したことがあったんです。そしたら、彼が30分ごとにトイレへ立つものだから心配になって「大丈夫?」って尋ねたら、「これは忘れてはいけないと思う大事な話が頻繁に出てくる。先生方を前にしてその場で書き取るのは失礼だから、その都度トイレに行ってメモしていたんだ」というんだよ。大江さんほどの人でもそうなのか、とびっくりしました。でも、こういうことが大事なんです。ひらめきも一瞬ピカッと光って、すぐに消えてしまう。それをしっかりキャッチできるかどうかなんだね。

成田 ちょっとトイレに失礼いたします……(笑)。

五木 僕はメモを取らないできた(笑)。いろいろな世評があってもとにかく続ける、その道をずっと歩いていくことがとても大事だと思っています。keep on。成田さんは座右の銘は何かあるの?

成田 座右の銘ですか……、ともかくキープすることが苦手な人間なので。「潔くやめよう」、「とっととやめよう」でしょうか(苦笑)。

五木 確かに、keep onの反対もあるね。未練を残さないという。

成田 でも今日、五木さんの半世紀以上のkeep onを伺っていて、物事を続けることとやめることを同時にやりたいなと思いました。

五木 なるほど。それは大事なことだね。考えてみたら僕自身、やめる選択と決断をずいぶんしてきました。大好きだった車の運転も65歳で断念したし。続けるべきだとは誰でもいうけれど、同じくらいやめることも重要です。特に、最後は否応なしに人間をやめなければならないわけですから。未練を残しながら無理やりではなく、寿命が来て自分が死ぬ時には人間を、生きるのをやめる決断と意志を持って、世を去ることができたらいいですね。

成田 あと30年くらいはお元気そうですが(笑)、この先の時代、五木さんはどのようになっていくと思われますか?

五木 こんないい方はちょっと逃げのように聞こえるかもしれないけれど、変わるものはさらにすごい勢いで変わっていくだろうし、変わらないものは変わらないんだろうなぁ。僕は敗戦によって世界が崩壊した中で育ったものですから、最後の砦である家庭には変わってほしくない、そういう思いが強くあります。成田さんはどう思われますか?

成田 終わり、というか次の崩壊がすごく予感される世界になってしまったと思うんです。気づいたら、こんなに至るところで戦争や虐殺が行われ、自国民と移民が憎しみ合い罵り合って。環境や天気を見ても異常ですし、感染症も来るし、いつどうなるかわからない。2つの世界大戦が起きた100年前のような悲劇を予感せざるを得ない空気です。そしてそんな中で、暗号資産や人工知能(AI)の技術進化は信じられないくらい進んでいる。古い危機と新しい機会が同時に爆発しているわけです。おそらく後世の歴史の教科書に、すごく重要な局面だったと記される時期に私たちは生きています。ただ、それだけ革新や崩壊が進む世の中だからこそ、今日のテーマだった“無意識との対話”が大事になってくるのではないでしょうか。つまり、外的な変化や大きな声に引きずられず、自分にとって変わるべきでないものは何なのかを見定める。奥底にある無意識の、まだ汲み取られていない他者の、そして自分の声にいかに耳を傾けるか。“五木スピリット”が問われる時代なのだと思います。

五木 そんな時代だからこそ、こうやってお会いして対話していくことがますます大事になっていくと思うんです。対談はお互いに触発されて新たな視点や考えを吸収、拡大できる場なんだよね。読者にも届け続けたい。今回の対談、成田さんはいい足りないことがたくさんあったでしょ?

成田 今までで最大年齢差の対談でした。半世紀以上先輩の五木さんとお会いして何が起きるのかまったくわからなくて、怖くて面白かったです。五木さんが直木賞を受賞された1966年(58年前!)の小説『蒼ざめた馬を見よ』の冒頭、主人公がホテルの一室に呼び出されて、逃げられないミッションを告げられるシーンがあります。まさにその主人公になった気分でした。

「いたずら小僧のような存在でいられたら本望です。いろいろなところに現れて迷惑をかけ、さっと去っていくみたいな(笑)」──成田

五木 僕は友だちに「成田さんと対談する」といったら「あの人、高齢者に対して辛口だよね。大丈夫?」と心配されたんです(笑)。

成田 こう見えて、意外に常識人なんです(苦笑)。

五木 誰も口にしにくい正論をいうと、当たりは厳しいですからね。でも、思ったとおりの好青年、温厚篤実な人でした。メディアによって作られたイメージはだいたい違っていることが多いから。対談を数多くやっていると、それがよくわかる。

成田 私は五木さんが信じられないくらいお元気だということを、メディアを通じて知ってはいたものの、予想を遥かに上回る滑舌とパワーで逆に活力をいただきました。50年間続いてきた新聞連載も、ぜひこれからもう50年続けていただきたいです。

五木 個人差がありますが、今の医学の現状なら100歳くらいまでみんな生きますからね。keep onでいきますよ。成田さんは、今後ご自身の役割はどう捉えているんですか?

成田 いたずら小僧みたいな感じでありたいですね。いろいろな業界に現れてはピンポンダッシュをして走り去るみたいな(笑)。

五木 その眼鏡で、いたずら小僧ってことはすぐわかる(笑)。今日はお会いできてよかった。面白かったです。これぞ対談の醍醐味だな。

五木寛之
1932年福岡県生まれ。作家。47年に平壌から引き揚げる。早稲田大学文学部ロシア文学科中退。66年『さらばモスクワ愚連隊』でデビュー。67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞受賞。近著に『五木寛之傑作対談集Ⅰ』など。日刊ゲンダイ連載のコラムは1万2000回を超え、ギネス記録更新中。

成田悠輔
五木さんの53年後に東京で生まれ東京で育つ。データ・アルゴリズム・ポエムを使ったビジネス・公共政策の想像とデザインが専門で、企業や自治体と共同研究・事業に取り組む。東京大学で最優等卒業論文に与えられる大内兵衛賞受賞、マサチューセッツ工科大学にて博士号取得。ファッションにも関心が高く「こだわり抜いて報われないデザイナーに惹かれる」。

この記事の掲載号

『家庭画報』2025年03月号

家庭画報 2025年03月号

撮影/笹口悦民〈SIGNO〉 文/小松庸子 撮影協力/セルリアンタワー東急ホテル

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