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柳田邦男さんインタビュー【番外編】「大人こそ“絵本の力”が必要です」

2025.01.28

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柳田邦男さん(ノンフィクション作家・絵本作家)に訊く絵本の魅力とは

〔特集〕心の渇き、悲しみ、迷いに効く 今、大人に届けたい絵本 
おすすめの絵本を何冊か開きながら、絵本がいかに私たちを癒やしてくれる存在であるかを熱く語ってくださった柳田邦男さん。約1時間半に及ぶインタビューは、最初から最後まで絵本への愛情に溢れていました。誌面ではお伝えしきれなかったインタビューをお届けします。
絵本の力について語る柳田邦男さん。写真は2024年『家庭画報』4月号より。

絵本の力について語る柳田邦男さん。写真は2024年『家庭画報』4月号より。

易しい言葉と、言葉の限界を膨らませる絵

──柳田さんは「絵本は人生に3度。子ども時代、親になったとき、そして人生後半」といい続けておられます。私たちが生きるうえで絵本はどのような意味を持つでしょうか。

柳田邦男さん(以下・柳田) 絵本は、心と暮らしを豊かにします。心に膨らみを持たせる、暮らしに味わいが出てくると表現してもよいでしょう。ですから普段から絵本になじんで、繰り返し読むことが大事ですね。たとえば居間や寝室などにさりげなく置いておく。ふと目に留まったときに手に取って読む。何度も読む──。同じ絵本でも、そのときの心情や、それまで重ねてきた経験によって、昨日読んだときとも昔読んだときとも印象は異なり、新たな発見にハッとすることがあります。なのに大人は、図書館や本屋さんで絵本を開いても、パラパラとめくっただけで閉じちゃうことが多いですね。「あ、そうか、そういう話ね」とわかったような気になって。でも、そんな簡単なものじゃないんです。絵本は、物事の本質を語っているのです。


──本質を語っている……どういうことでしょうか。

柳田 絵本の文章は子どもでも理解できる易しい言葉で綴られ、言葉数も決して多くはありません。一方で絵は、言葉で説明していない多くの要素で埋め尽くされています。木立の中に小鳥が止まっていたり、草むらにウサギが隠れていたり、縁側で猫が日向ぼっこをしていたり。絵からお日様の暖かさやお母さんの手のぬくもりが伝わってくることもあるでしょう。絵の力が言葉の限界を飛躍的に膨らませているのですね。

このように考えてみると、我々が身を置いている現実世界は絵本の世界に近いといえます。我々の日常も、言葉では認識しないたくさんの要素で埋め尽くされていて、その中から感じ取ったものが記憶や思い出として残っていきます。人とのコミュニケーションも然り。ちょっとした表情や仕草、漂ってくる雰囲気に、言葉にならない思いや言葉とは裏腹の本心を感じることもあります。物事の本質というものは難しい言葉や文学的な表現を使わなくても表せるものなのです。

──小説やエッセイにはない、絵本ならではの強みですね。

柳田 と同時に絵本作家が大変苦労するところでもあります。ストーリーを書き終えて、いざ絵も描き上がってみると、文章がうるさく感じられることが多いんですね。「ここまで言葉で説明する必要ないよね」と。そうして言葉を絞って絞って、必要最低限のエッセンスだけを残す。その匙加減たるや非常に微妙で、産みの苦しみですよ。私は妻(編集部注・奥様は絵本作家のいせひでこさん)の仕事を近くで見ていてそれがよくわかるんです。もちろん口出しはしませんが(笑)。

絵本の物語は、山あり谷ありの人生そのもの

──今日は、絵本の持つ力の中でも特に「癒やし」について伺いたいです。

柳田 私は、絵本と癒やしは密度の濃い関係にあると考えています。では、癒やしとは何か──。誤解している方も多いのですが、哀しみを乗り越えるとか、哀しみが薄らぐとかじゃない。たとえば子どもを失った親の哀しみは生涯、消えるものではありません。死別は取り返しのつかない出来事ですから。しかしだからといって絶望的になり、ただ「もう会えない、つらい」と嘆くばかりではなくて、哀しみを心の深いところで受け止めて、あの子がいたこと、あの子を失ったことは自分の人生にとってどんな意味があったのかを考える。そのうえで、自分はこれからどう生きていこうかと考える。この過程こそが本来の癒やしだと思うのです。

──そのプロセスにおいて、絵本はどのような働きをするでしょうか。

柳田 絵画や音楽と絵本の違いは、絵本には物語があることです。物語というのは山あり谷ありの人生そのもの。我々は、子ども時代、青年、壮年、中年、老年と各年代でそれぞれに山も谷も、楽しいことも苦しいことも経験します。特に谷底にいるときに絵本を読むと、その中で語られた物事の本質が鋭く心に響くことがある。あるいはかつて読んだ絵本の1シーンがふと甦ることがある──。絵本はレジリエンス(回復力)のきっかけになったり、ときには啓示を受けたかのように道が開けてくることがあるのです。

例を挙げますと、『だいじょうぶだよ、ゾウさん』には、大切な人との死別のつらさと、別れを受容するプロセスが丁寧に描かれています。仲よしの年老いたゾウさんの死期が迫り、「そろそろゾウの国(あの世)へ行かなくてはならない」と告げられたネズミくんは、受け入れられず「行っちゃいやだ」と拒否します。しかしやがて、死んだ両親や仲間たちの待つゾウの国へ行くことがゾウさんの幸せなのだと気づき、ゾウの国へ渡るつり橋を進んで修理し、ゾウさんを送り出してあげます。
『だいじょうぶだよ、ゾウさん』 作/ローレンス・プルギニョン 絵/ヴァレリー・ダール 訳/柳田邦男 文溪堂 1650円

『だいじょうぶだよ、ゾウさん』 作/ローレンス・ブルギニョン 絵/ヴァレリー・ダール 訳/柳田邦男 文溪堂 1650円

『わすれられないおくりもの』では、森の長老・アナグマさんが死んだあと、残された仲間たちが「アナグマさんはこんなこともしてくれた、あんなことも教えてくれた」と思い出を語り合う様子が詳しく表現されています。やがて彼らの哀しみは感謝や懐かしさに変わっていきます。
『わすれられないおくりもの』 作・絵/スーザン・バーレイ 訳/小川仁央

『わすれられないおくりもの』 作・絵/スーザン・バーレイ 訳/小川仁央 評論社 1320円

子どもも、年を重ねた大人も絵本に癒される


柳田 実際にこれらの絵本は、身近な人を亡くした子どもに大きな影響を与えています。私が携わっている「柳田邦男絵本大賞」(荒川区が読書推進活動の一環として平成20年度に創設。絵本を読んで出逢った感想を柳田さんへの手紙形式で募集)で優秀賞を受賞した小学校6年生のある女の子は、その前年に大好きだった弟を病気で亡くしていました。『だいじょうぶだよ、ゾウさん』の絵本を読んで「弟はゾウさん私はねずみと考えました。私の弟も、空へ旅立った時はすごく悲しかったです。けれど、弟は私の心の中にずっといるんだと思うことで、少しだけ心が落ち着きました」(抜粋)と書いていました。

もう一人、『わすれられないおくりもの』の感想文で大賞を受賞した小学校6年生の女の子は、おばあちゃんを亡くした後にこの本を思い出し、「祖母が私に残してくれたおくりものについて考えました。一つは私を本好きにしてくれたことです。もう一つは、将来の夢を持たせてくれたことです。祖母と同じように病気に苦しむ人達を少しでも楽にできる医師になりたいと思うようになりました」(抜粋)と書いていました。哀しみを自分なりに受け止め、将来について考えるきっかけにもなる、絵本の力って、すごいでしょう? 

最近出た絵本で感動したのは『ぼくは川のように話す』。吃音の男の子が、堂々とした川の流れを見て、「ぼくの話し方は川の流れと同じだ」と気づき、自信を取り戻す話です。絵本が癒やすのは喪失の哀しみだけではありません。さまざまな悩みや苦しみを抱えた人を癒やす力もあるのですね。
『ぼくは川のように話す』 作/ジョーダン・スコット  絵/シドニー・スミス 訳/原田 勝 偕成社 1760円

『ぼくは川のように話す』 文/ジョーダン・スコット 絵/シドニー・スミス 訳/原田 勝 偕成社 1760円

『ぼくは川のように話す』 の中面より。「スミスさんの絵が素晴らしい」と柳田さん絶賛の絵本。吃音のある男の子が父親に連れていかれた川べりで、渦を巻いたり、泡立ったり、くだけたりしながら堂々と流れる川は自分の話し方と同じだと気づき、自信を取り戻す。「ハンディキャップも個性」と気づかせてくれる1冊。

『ぼくは川のように話す』 の中面より。「スミスさんの絵が素晴らしい」と柳田さん絶賛の絵本。吃音のある男の子が父親に川べりに連れていかれ、渦を巻いたり、泡立ったり、くだけたりしながら堂々と流れる川は「お前の話し方だ」といわれ、自信を取り戻す。「ハンディキャップも個性」と気づかせてくれる1冊。


──〝絵本はそんな簡単なものじゃない〟とおっしゃった意味がよくわかります。50代を過ぎると親の看取りも身近になり、年を重ねるごとに喪失体験も増えていきます。絵本の癒やしがより一層意味を持つ年代ではないでしょうか。

柳田 子どもの感性も素晴らしいものですが、さまざまな経験を積み、年齢を重ねてくると、絵本のより深い意味がわかるようになり、子どもの頃や若いときとは違った味わいを感じられるようになります。絵本は、人生を振り返り、家族関係を考え直すきっかけになり、親の看取りや、連れ合いや友人に先立たれる喪失感からの癒やしを後押ししてくれる存在になるはずです。「絵本は人生に3度」に加えて、「年を重ねてこそ絵本を」と伝えたいですね。

──絵本の持つ癒やしの力を改めて知ることができました。ありがとうございました。

撮影/鍋島徳恭(柳田さん) 本誌・西山 航(静物) スタイリング/阿部美恵(静物) 取材・文/浅原須美

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