施設に入居。罪悪感を持ちつつ「ここが正念場」と腹を括る
安藤さんの闘いの日々も山場を迎えます。平日は生放送の番組を務め、金曜日の夜から日曜日の夕方まで泊まり込みで母の介護。
「急な仕事の連絡が入り、実家から取材現場に向かったことも一度や二度ではありません。……大変な時期をどう乗り越えたか、ですか? 私の場合は早朝のトレーニング。ジムで思いきり汗を流し、気持ちいいと思える時間を持つことで精神的行き詰まりをかろうじて回避していました」。
ヘルパーさんや姉と協力しながら母が一人で暮らせる環境を整えようと必死に頑張りますが、やがて家族全員が疲弊し限界を迎えます。2008年にみどりさんは老人介護施設に入居。安堵したのも束の間、安藤さんを襲ったのは後ろめたさという精神的試練でした。
「『苦労して育てたのになぜこんなところに私を入れるのか!』と何度も怒りをぶつけられるうちに申し訳ない気持ちが膨らみ、私が引き取って一緒に暮らそうとまで思い詰めました。でも長年おつきあいのある家政婦さんにたしなめられ、冷静になることができました。ここが正念場。今は母も私も辛抱しなくちゃいけないときなんだ、と」。
母の本質は何も変わっていない。穏やかにふんわりと暮らせればいい
事態は徐々に好転していきました。施設のスタッフの根気強く温かい対応にみどりさんも心を開き始める、信頼関係が築かれていく、徹底した食事管理で体調が整う、勢い心も安定していく──。そして安藤さんに大きな気づきをもたらしたのが、臨床美術※(イメージを絵にすることで脳の活性化を図る芸術療法)との出会いでした。臨床美術士の資格を持つ知り合いが「みどりさんに」と提案してくれたのです。
※臨床美術とは 絵やオブジェなどの作品を楽しみながら作ることによって脳を活性化させ、高齢者の介護予防や認知症の予防・症状改善、働く人のストレス緩和、子どもの感性教育などに効果が期待できる芸術療法の一つ。特定非営利活動法人日本臨床美術協会→
最初は乗り気でなかったみどりさんを刺激したのは、昔よく訪れたハワイのイメージでした。部屋にアンスリウムの花を飾り、ハワイアン音楽を流し、真っ青な空と海の写真を眺め、南国の雰囲気に浸りながら最後の10分でアンスリウムを描き上げると、満足げに、ひと言『よ・く・で・き・た』。
「いろんなことができなくなって以来ずっと自分を否定し、怒り続けていた母が初めて自分を肯定した瞬間でした。鮮やかな色使いも勢いのある筆致も、明るくてアクティブな母そのものでした。母の本質は何も変わっていなかったのです」
個展会場に展示された「アンスリウム」の絵(実際の花の絵は鮮やかな赤)。「明るい色使いと堂々とした筆運びは“母そのもの”でした」。写真提供/安藤優子さん