現存する世界最古の時計メゾン「ブランパン」。そのスイスの名門がこだわり続ける時計機構、それが「ムーンフェイズ」といわれる月齢表示です。天文学と密接なかかわりを持つ「時間」の概念。地球が自転することを前提に、1日、1時間、1分、1秒といった時間が生まれ、先人たちは天文学を学ぶことで、より正確な時間を追求してきました。その象徴ともいえるムーンフェイズは、懐中時計の時代に流行した時計機構です。
スイスの機械式時計産業は、日本が開発したクォーツ時計の登場によって、1970年頃から衰退の一途を辿ります。そんな状況を見かねたブランパンは、機械式時計を代表する6大機構を、腕時計に搭載することを決意。トゥールビヨンやミニッツリピーターといった超複雑機構とともに発表された一つがムーンフェイズでした。それまで長らく姿を消していたムーンフェイズが、ブランパンによって再び注目を集めることになったのです。
ブランパンの伝統を受け継ぐ「ヴィルレ」、レディスウォッチを代表する「レディバード」などのコレクションにおいても、ムーンフェイズは抜群の存在感を放っています。美人の象徴といわれ、16世紀のヨーロッパで大流行した「つけぼくろ」。レディスモデルのムーンフェイズには、月顔の口もとにこの「つけぼくろ」を加えるのがブランパンのこだわり。貴婦人たちの遊び心を今に伝えるお月様が、優美な表情で時を刻みます。
創業約290年という老舗中の老舗「ブランパン」。その長い歴史にフォーカスされることが多いですが、常に未来を見据えている時計メゾンでもあります。ブランパンの優れた技術の源は、受け継がれてきた「伝統」に「革新」を加えてきたこと。いつの時代も、時計を通して人々に感動をもたらすことが必要だと考えているのです。
特に近年、力を注いでいるテーマが「暮らしの芸術」。技術だけではなく、人々の生活を豊かにする感性、そして本物の情熱を追求しています。
13年連続でミシュランの3つ星を獲得した「柏屋」の総料理長、松尾英明さんも、こうしたブランパンのものづくりの精神に共鳴する一人。今年の2月にル・ブラッシュにあるブランパンの工房を訪問しました。
「時計も食も、すべては素材選びから始まります。“料理する”という過程で高い技術が必要になりますが、ほとんどの努力は見えないところで積み重ねる作業です。お客様に心から満足していただくには、どれだけ準備をしてきたかが大事なのです。そして何より、料理には厳格な規律として“正確な時間”が求められます。それは途方もない微調整の連続であり、ブランパンの時計職人が追い求めるものと同じなのです」。
日本料理の伝統を守りながらも、絶えず新しい創作を試みてきた松尾氏。工房に張り詰めている緊張感は、伝統に甘んじることのない情熱の表れなのだと教えてくれました。
3つ星「柏屋」シェフ松尾英明さん
お問い合わせ/ブランパン ブティック 銀座
電話 03(6254)7233
URL:https://www.blancpain.com/
撮影/Fumito Shibasaki 〈Donna〉 構成・文/市塚忠義