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南東アラスカの土地とともに引き継ぐ、星野道夫の遺志

2024.03.18

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©Kim Heacox

〔特集〕『森と氷河と鯨』のトレイルを辿って 星野道夫「時間」への旅 
アラスカを愛した写真家として知られる星野道夫さん。アラスカの大自然とそこに暮らす人々を優れた写真と文で伝え続けた。主なフィールドは北極圏。ツンドラの広がる大地を大きな群れで旅するカリブーの写真は、見る者に生命の意味を問いかけた。

その星野さんがもう一つ大きなテーマとして取り組んでいたのが南東アラスカだった。「森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて」は、リアルタイムに南東アラスカを旅した記録で、1995年に家庭画報本誌で連載が始まる。だが、翌1996年8月、取材先のロシアで熊に襲われるという事故で星野さんは急逝。連載は中断となる。

神話の時代に思いを馳せ、示唆に富んだ言葉の数々が鏤(ちりば)められた未完の連載をまとめた本は読み継がれ、今なお新たなファンを生み出している。


「森と氷河と鯨」の最終的なテーマは「時間」だと星野さんは考えていた。いったい物語はどこに着地しようとしていたのだろう。証言と記録資料で、星野さんが届けようとしたメッセージに迫ってみた。

前回の記事はこちら>>
特集「星野道夫時間への旅」の記事一覧はこちら>>>

南東アラスカにミチオが買ったこの土地で暮らす

南東アラスカに惹かれた星野さんは、撮影拠点とすべく、南東アラスカに土地を購入していた。作家キム・ヒーコックス氏は、その土地とともに星野道夫の遺志をも引き継いでいる。

©Kim Heacox

キム・ヒーコックス(作家・写真家)

デナリ国立公園をはじめ、アラスカをフィールドに撮影、小説やエッセイを執筆。多くの著書・写真集があり、受賞も多数。

「ここが僕たちの夢が叶う場所なんだ」。ミチオはそう言った。

奥さんのナオコと共に購入したその場所は、アラスカ南東部のグレイシャー・ベイの入り口にある小さな町ガスデイビスにあった。

1年後の1996年、ミチオは、ロシア極東の地カムチャツカで凶暴なヒグマに襲われ亡くなった。彼を知る人々にとってそうであったように、私もまたミチオの死の報に打ちのめされた。

ミチオとは、グレイシャー・ベイで1979年に出会って以来の仲だった。お互いに若く、ミチオは写真家を志していた。私はパークレンジャーで作家志望だった ── 写真家でもあったのだが、私にとって常に書くことが最優先だった。そして今もそうだ。

年月が経つにつれ、ミチオと私は稀にしか会わなくなっていたが、再会すれば祝福の時が流れた。一緒に野営を張り、まずいコーヒーを飲み、よもやま話をし、哲学(人生の意味など)を語り、笑った。

私は、アラスカにやって来る前にはるばる南ユタ州の砂漠地帯にネイチャーライターのエドワード・アビーを探しに行った話をした。ミチオは、彼がアラスカに魅せられるきっかけになった写真や写真家たちのことを話してくれた。

私がギターを弾くと、ミチオは曲に合わせてつたない英語で一緒に歌った。彼は、ビートルズの「ヒア・カムズ・ザ・サン」、「サムシング」、「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」が好きだと言っていた。これらの楽曲は全部ジョージ・ハリスンによるものである。

ジョージは、ビートルズのメンバーの中では一番若く、ある意味、一番賢明な男で、他の3人のメンバーをインドに連れて行って瞑想を経験するきっかけを作ったりもしている。彼もまた、ミチオと同じく、皆に愛されながら、若くしてこの世を去っていった。

ミチオの死後、私と妻のメラニーは、ナオコとガスデイビスの土地について話し合い、ナオコは私たちにその土地を売ることに同意してくれたのだった。私たちはそこに単なるマイホームを建てるつもりはなく、ある種の学校 ── つまり、アラスカとミチオの両方を称えるものを作ろうと考えていた。

ミチオは、森や山や氷河や鯨、それらすべてがつながり合う悠久の自然、深い絆でつながるガスデイビスのコミュニティ ── 大きな庭、ワイルドベリー、舗装されていない道路、誰もがゆっくりと車を走らせ、笑顔で手を振り挨拶を交わし合う静かな暮らしを愛していた。

また、殊に気に入っていたのは、トンガス国有林を取り囲む壮大な原生林である ── 聳え立つシトカ・スプルース(アラスカトウヒ)やアメリカツガが頭上から語りかけ、聖なる助言を与える太古の声が響いてくるかのような場所である。

現在、メラニーと私が過ごすガスデイビスの家と図書館は、36エーカーの広さを誇る「タイドライン・インスティテュート(Tidelines Institute)」と呼ばれる学習センターの一部となっている。

センターでは、かつてのミチオのように、夢を叶える美しい世界に住みたいと強く心から願う大学生を受け入れている。これ以上に素晴らしいことがあるだろうか?

世界から大学生を迎えている。©Kim Heacox

トウヒの原生林が続くトンガス・ナショナル・フォレスト。アメリカ最大の国有林で、南東アラスカの多くをカバーする。©Kim Heacox

多くの島を抱える南東アラスカの海は静かな入り江が広がる。©Kim Heacox

ガスデイビスの家。かつて星野さんが購入した土地に立つ。©Kim Heacox

ギターを抱えて海辺に立つキムさん。©Kim Heacox

(次回へ続く。この特集の一覧>>


写真展 星野道夫
「悠久の時を旅する」

期間:2024年4月20日~6月30日
場所:北海道立帯広美術館
開館:9時30分~17時(入場は16時30分まで)
観覧料:一般1200円
資料を含めた集大成的な写真展。星野直子さんの講演なども予定。
詳細は美術館のウェブサイトにて。

星野道夫(ほしの・みちお)
写真家。1952年千葉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、動物写真家・田中光常氏の助手を経てアラスカ大学野生動物管理学部に4年間在学。写真家としての活動に入り、主に北極圏をフィールドとして、写真集、エッセイ集など数々の著作を発表。1990年、第15回木村伊兵衛写真賞受賞。1996年、取材先のカムチャツカ半島クリル湖畔で熊に襲われ急逝。享年43歳。

この記事の掲載号

『家庭画報』2024年03月号

家庭画報 2024年03月号

写真・文/キム・ヒーコックス 翻訳/内藤ゆき子

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