〔特集〕『森と氷河と鯨』のトレイルを辿って 星野道夫「時間」への旅 アラスカを愛した写真家として知られる星野道夫さん。アラスカの大自然とそこに暮らす人々を優れた写真と文で伝え続けた。主なフィールドは北極圏。ツンドラの広がる大地を大きな群れで旅するカリブーの写真は、見る者に生命の意味を問いかけた。
その星野さんがもう一つ大きなテーマとして取り組んでいたのが南東アラスカだった。「森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて」は、リアルタイムに南東アラスカを旅した記録で、1995年に家庭画報本誌で連載が始まる。だが、翌1996年8月、取材先のロシアで熊に襲われるという事故で星野さんは急逝。連載は中断となる。
神話の時代に思いを馳せ、示唆に富んだ言葉の数々が鏤（ちりば）められた未完の連載をまとめた本は読み継がれ、今なお新たなファンを生み出している。
「森と氷河と鯨」の最終的なテーマは「時間」だと星野さんは考えていた。いったい物語はどこに着地しようとしていたのだろう。証言と記録資料で、星野さんが届けようとしたメッセージに迫ってみた。
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星野道夫と鯨を追った日々
数頭の鯨が泡を出しながら回り、泡の中に魚を囲い込んで一気に捕食する。
大谷映芳（映像ディレクター）NPO法人アース・ワークス・ソサエティ理事長。テレビ朝日ディレクター時代、星野道夫とアラスカ取材を行った。
星野君をレポーター役にしてアラスカ動物を紹介する番組の取材がスタートしたのは1989年。一年間に4、5回、通いでアラスカに行きました。南東アラスカの取材は1991年で最後でした。
前年に星野君は鯨のバブルネットフィーディング（鯨の群れが泡で魚群を囲い込んで捕食する行動）を撮影していて、その時にガイドでもあるリン・スクーラーさんの船に乗ったということで、僕らもリンさんの船で南東アラスカを回ることにしました。
寝泊まりは入り江に停泊した船上で、朝起きるとリンさんが甘い香りのコーヒーを淹れてくれて、そこから一日が始まります。
ゴムボートで鯨に近づく。右端が大谷さん、左端が星野さん。© Lynn Schooler
今は規制が厳しくなりましたが、当時は船で追いかけることができたんです。鯨が集まるポイントに移動し、群れを見つけると怖いと思いながら、ゴムボートを下ろして鯨に触れるくらいまで近づく。ゴムボートの周りにボコボコと泡が上がってきた時は焦りました。僕らは泡の輪の真ん中にいた。星野君も焦っていました。でも、途中で鯨のほうが僕らに気づいてやめました。
星野さん自身が「いい写真が撮れた」と言っていた傑作。
たまに上陸して森を歩いて苔むした森を撮影しました。彼は森の撮影にすごく力を入れていた。氷河のトンネルを撮影した時は、彼がどんどん奥へ行くので僕らは崩れ落ちるのを心配して「早く戻れ！」って。
母なる海と、命を育む自然。森があっていい海があって魚も鯨も来る。星野君にとってはゆっくり撮影に集中できた旅だったと思います。
（次回へ続く。
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写真展 星野道夫
「悠久の時を旅する」
期間：2024年4月20日～6月30日
場所：北海道立帯広美術館
開館：9時30分～17時（入場は16時30分まで）
観覧料：一般1200円
資料を含めた集大成的な写真展。星野直子さんの講演なども予定。
詳細は
美術館のウェブサイトにて。
星野道夫（ほしの・みちお）写真家。1952年千葉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、動物写真家・田中光常氏の助手を経てアラスカ大学野生動物管理学部に4年間在学。写真家としての活動に入り、主に北極圏をフィールドとして、写真集、エッセイ集など数々の著作を発表。1990年、第15回木村伊兵衛写真賞受賞。1996年、取材先のカムチャツカ半島クリル湖畔で熊に襲われ急逝。享年43歳。
