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【手塚雄二・龍を描く 第1回】創建400年東叡山寛永寺に天井絵を奉納

2024.02.02

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上野・東叡山寛永寺 創建400年の天井絵
〔特集〕手塚雄二・龍を描く

徳川家の菩提寺として知られる上野の東叡山寛永寺は2025年に創建400年を迎えます。同年その創建記念として、寛永寺の中枢である根本中堂に初めて天井絵が奉納されます。

中陣の6×12メートルという天井に入る絵を任されたのは、日本画界を代表する画家、手塚雄二画伯。題材は龍、そして400年近くを経てきた天井板に直に描くという道を画伯は選択しました。その精神は、寛永寺を創建し、今の上野の基礎を築いた天海僧正(慈眼大師)の精神とも重なるようです。

この特集では、天井絵のパワフルな制作の現場に密着。併せて寛永寺と上野の魅力に改めて目を向けます。令和を代表する絵の誕生に立ち会えた私たちに龍は福をもたらしてくれるかもしれません。


・特集「手塚雄二・龍を描く」の記事一覧はこちら>>

手塚雄二さん(てづか・ゆうじ)



日本画家。1953年、神奈川県生まれ。日本美術院同人・業務執行理事、東京藝術大学名誉教授。東京藝術大学大学院美術研究科(日本画)で平山郁夫氏に師事。卓越した技術で描く自然や風景は、宇宙的な奥行きを感じさせ、現代美術としての日本画をリードする。受賞、個展多数。後進の育成にも尽力している。

歴史が潜む寛永寺根本中堂

天井絵を描くことになったのは、天台宗の道場である根本中堂。創建400年を迎える東の叡山・寛永寺とはどういったお寺なのでしょうか。

上野公園から東京藝術大学へと抜けた上野桜木の静かな地に東叡山寛永寺があります。境内の中心にあるのは、入母屋造りの本瓦葺きの根本中堂。

上野桜木にある寛永寺根本中堂。上野公園の花見の喧騒をよそに、静かに桜が咲き誇る。

上野桜木にある寛永寺根本中堂。上野公園の花見の喧騒をよそに、静かに桜が咲き誇る。

寛永寺の創建は寛永2(1625)年。現在の東京国立博物館がある地に本坊が建立されたのが、徳川幕府の3代将軍、家光公の時代です。徳川家の菩提寺として語られることの多い寛永寺ですが、当初より徳川家の祈禱寺として、江戸城の鬼門封じ、鎮護国家の祈願道場という役割を担ってきました。

創建したのは、徳川家康、秀忠、家光と深いつながりを持っていた天台宗の僧侶、天海僧正(慈眼大師)です。

天海僧正は、山号の東叡山が示すように、比叡山延暦寺を上野に再現し、東の叡山にしようとしました。徳川御三家や大名の後押しで、法華堂や仁王門、釈迦堂、五重塔などが次々に寄進され、桜や紅葉も植えられます。江戸中期には子院も36坊を数え、寛永寺の寺域は30万5000坪、現在の上野公園を含む上野の山全域に大伽藍が広がっていました。しかし本堂である根本中堂の落慶は天海僧正の死後でした。

天保の時代、1840年頃の寛永寺。現在の東京国立博物館のあたりに本坊があり、多くの子院が取り巻いている。図の左上方、大慈院のところに現在の寛永寺がある(寛永寺蔵)。

歌川広重『東都名所 上野東叡山全図』(国立国会図書館蔵)。上の図と見比べると現在の上野公園全体が寛永寺の境内なのがわかる。大勢の庶民で賑わう江戸の観光地でもあった。

慶応4(1868)年の上野戦争(彰義隊の戦い)で旧幕府軍の集結場所となった寛永寺は、戦火によりほとんどの建造物が灰燼に帰してしまいます。さらに明治新政府による境内地没収などにより、寛永寺は壊滅的な打撃を受けますが、曲折を経て、不忍池辯天(べんてん)堂、清水(きよみず)観音堂、開山堂、輪王殿などが今の寺域となっています。

現在の根本中堂は明治12(1879)年に川越喜多院の本地堂を移築したもので、寛永15(1638)年の建造ですから385年の月日を経ています。

寛永寺「葵の間」は、15代将軍徳川慶喜が慶応4(1868)年2月12日から2か月間謹慎した部屋。江戸城無血開城の4月11日当日、開城を見届けて生家の水戸へ向かったという。

本尊・薬師如来と須弥壇に居並ぶ四天王、十二神将

御前立を取り囲むように四天王、十二神将が安置されている根本中堂内陣。曲彔(きょくろく/椅子)の手前が中陣で龍の天井絵が奉納される空間。参拝はそのさらに外側の外陣で行う。

内陣は、中央に秘仏の薬師如来と日光菩薩、月光菩薩の両脇侍が祀られる厨子と御前立(おまえだち/厨子の前に身代わりとして安置される仏像)。須弥壇には四天王、十二神将などの仏像が颯爽と居並びます。その内陣の正面、中陣の天井に龍の絵が描かれるのです。


(次回へ続く。この特集の一覧>>

この記事の掲載号

『家庭画報』2024年02月号

家庭画報 2024年02月号

※手塚さんの「塚」は旧字体(塚にヽのある字)です。表示環境によって新字体で表示されることがあります。撮影/鈴木一彦 取材・文・構成/三宅 暁〈編輯舎〉 取材協力/東叡山寛永寺

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