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五木寛之さん「僕はいま芦田愛菜という人を読んでいるわけ」72歳差の対談が実現

2023.12.20

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〔超異世代対談〕芦田愛菜さん × 五木寛之さん 「本は幸せの架け橋」(中編) 文壇の重鎮、五木寛之さん91歳と、俳優にして現役大学生の芦田愛菜さん19歳。ご本人たちも驚く超異世代対談は、活字中毒という共通項もあり、72歳の年齢差を感じさせないものに。和やかなやり取りから、お二人にとっての幸せはいつも、本とともにあることが伝わりました。前回の記事はこちら>>

声に出して読むことのすすめ

五木 僕は、本を声に出して読むことが非常に大事だと思っているんですよ。昔はヨーロッパでも日本でも、活字というのは必ず声に出して読んでいたんですね。それこそ、『論語』でも『日本書紀』でも、耳で聞いて声に出して学んだものです。黙読という習慣はある意味、現代の病かもしれないとすら思うことがある。ところで、あなたの本に詩は出てこないけれど、詩についてはいかがですか?

芦田 詩という概念は好きなんです。教科書に載っている詩の意味を、わからないなりに考えたりするのは好きなんですが、詩集については、どうやって選んだらいいのかわからなくて、手に取ったことがありません。

五木 ロシアに「詩は読むべきにあらず、詠うたうべし」ということわざがある。大学時代、ロシア詩の講義があって、ブブノア先生というロシア人のかたが担当だったんですが、全然内容を説明しないで、学生に暗唱させるばかりだったんです。毎回講義の最後にいくつかの詩の暗記が課題として出て、次の講義で暗唱しなければならないんだ。もちろんロシア語です。すると、意味はよくわかっていないのだけど、言葉の響きの美しさやリズム感が惻々として伝わってくるんだ。あの頃教わったレールモントフの詩は今でも暗唱できますよ。


芦田 学生時代に学ばれたロシア語の詩を、今も覚えてらっしゃるとはすごいですね。

五木 柳田国男の『遠野物語』は今読んでも面白い本ですが、あれは遠野の村の人が囲炉裏端で夜を徹して話したものを、また聞きして書いたものですから、本来は語り物なんですね。『平家物語』にしても、『古事記』にしても、もとはすべて口で語られたものですから。声に出して本を読む習慣がほとんどなくなってしまったことは、ちょっと寂しい気がするな。

芦田 お話を伺っていて思ったのですが、声に出すと、言葉にふさわしい間合いや言葉の持つ空気感をよく感じられる気がします。お芝居も同じなんですが、声に出して初めてわかることがあるんですね。

五木 黙読との違いを感じる、と。

芦田 はい。黙読だと、内容が箇条書きで頭に入ってくるようなイメージなんですが、声に出すと、「この言葉は、こういう気持ちでゆっくりいいたくなるんだな」といったことがわかって、そのシーンが自分のなかでより鮮明になってくるんです。そういえば、意識していたわけではないんですが、テスト勉強のときも音読していました。そのほうが頭に入るし、忘れないんですね。でも、残念ながら、テスト勉強以外では黙読でした。私は昔から本を読むのが速くて、母に「本当に読んでるの?」と聞かれるほどだったんですが、黙読の速読ばかりで、もったいなかったなと思います。

五木 そうかもしれませんね。でも、僕は速くダイナミックに読むということも評価しているんですよ。一言一句解釈して丁寧に読むのは学者の仕事だと思っています。芦田さんの読むのが速いというのは、素晴らしい才能だと思う。速く読めるからこそ、その年齢でこれだけ多くの本を読破できたのでしょうし。

芦田 そういっていただけると元気が湧いてきます。

五木 ところで、芦田さんは、ドストエフスキーの『罪と罰』を読みたいと思いながら、ずっと読まずに一生を終えるのと、『30分でわかる罪と罰』みたいなマンガで要約を読むのと、どちらがいいと思いますか? マンガで読むなんて邪道だという人もいるだろうけど、僕はそれでも読んだほうがいいと思うときもある。人生は時間に限りがあるから、一生かかって何冊読めるだろうかと思うと、要約であっても、名作に触れるのは意味のあることだと思うんだけど。

芦田 興味深いお話をありがとうございます。先生のご著書『七〇歳年下の君たちへ』も、いろいろな考え方を教えてくださり、面白かったです。また、肩の力を抜いていいんだよと励まされている気もしました。

自分次第で本の印象も変わる

五木 芦田さんは名作といわれる本も多く読まれていますが、川端康成の『雪国』とか、読んで正直、面白かったですか?(笑)

芦田 正直なことをいいますと、やはり小さいときは面白いと思ったことはなかったです。文学作品は幼い私にとっては堅苦しかったといいますか。物語に大きな展開があるわけではないし、自分とあまりにかけ離れていて想像できなかったり、話し方も難しくてなじめなかったり。でも、高校生のとき、文学作品を読む授業があって、先生がいろいろな解釈を教えてくださって、「これは実はこういうことの比喩なのか」と気づいたり、時代背景を知ることで、以前よりずっとよく理解できるようになったんです。それで、自分が深まれば、本が面白くなるということがわかりました。今また読めば、高校のときに感動した気持ちが甦る気がします。ですから、最初に『雪国』を読んだときに面白いと思えなかった自分は子どもだったんだなと思います。

五木 子どもだったと。

「自分が深まれば、本が面白くなるとわかりました」──芦田

明るく聡明で、老若男女から愛される俳優へ成長した芦田さん。

芦田 はい。本は自分が努力して面白くするもの、というと、あまりいい表現ではないかもしれませんが、学んだり、経験を重ねることで、より面白く感じられるのだと思います。

五木 そうすると、10代で読んだ本を50代や80代で読むと、また変わって読めるかもしれない。『雪国』はすごくエロチックな作品でもあるからね。ところで、あなたは、書き手になろうとは思われないんですか。

「今、3年日記をつけています。その日心に響いたことを残しておきたくて」──芦田

芦田 書くことは割と好きで、最近、3年日記を始めました。3年分の同じ日が1ページになっている日記で、ただ事実を書くだけじゃなくて、思ったこと、考えたことを書いています。この間いいなと思ったのが、土砂降りの日に電車に乗って、イヤホンで音楽を聞いてたら、ちょうど曲と曲の間に、言葉は不確かですが、「本日は雨が降っているので、傘の忘れ物にご注意ください」という車内アナウンスが聞こえてきたんです。疲れていたせいもあるのかもしれませんが、私が耳を塞いでいる間に、こんな優しい言葉が流れていたのかと、心に響いて。そういうことを書き留めるのは好きなんですが、長編を書くのは全然別で、難しいです。何回か書きかけたことはあるんですが、「転」のない「起承結」といった感じで、面白くないものになっちゃうんです。

「日常的な会話といった“耳学問”も大事です」──五木

日刊ゲンダイのコラムは連載1万1000回を超え、ギネス記録を毎日更新中。

五木 なるほど。それでも、自分で物語をつくるとか、お芝居を書くとか、本気でやりたいと思うときがきっとくるんじゃないのかな。そのときはためらわずに書いてください。書くことで、読むことも深まっていくはずですから。

対談とは人を読むこと

五木 僕は大学を途中で飛び出しちゃって、あちこち転々としてきたんですけど、自分の教養というようなものは、実は本から得たものより、耳学問のほうが多いと思っているんです。『耳学のすすめ』という本を書こうとしているくらいで(笑)。先輩と一緒にタクシーに乗ったり、食事をしたときの日常的な会話のなかで、ずいぶん学んできたと思うんですよ。もちろん、多少は本も読んできましたが、わが師は、と問われたら、ずらずらっと人の名が、書名よりも先に出てきます。耳学問は大事だと思う。音読と同じようにね。

僕は『MUSICMAGAZINE』という雑誌で、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーと対談したことがありました。もちろん通訳付きなんですが、彼がものすごい読書家なことにびっくりした。最近こんな本を読んでるとか、自分たちは革命後のソ連の表現主義に影響を受けて舞台構成をやってるんだとか、ロッカーに対しての認識が変わるくらい、インテリジェンスのある人でした。対談というのは、人を読むということだと思うんですよね。だから、今日、僕はいま芦田愛菜という人を読んでいるわけ。短い時間で速読ではありますが(笑)。あなたも、この先、対談の機会があったら、できるだけやったほうがいいですね。人の話から学ぶのは大事なことだから。

芦田 わかりました。心がけます。

(次回へ続く。12月22日公開予定)

対談が行われた「山王スイート」は、ザ・キャピトルホテル 東急を代表するスイートルームの1つ。障子と襖が和を感じさせる。五木さんは「坊主頭にして、最初の取材です」とやや照れた表情でおっしゃりながらご登場。村上春樹さんの本が好きな芦田さんのため、村上さんとの対談が収録されている自著『作家のおしごと』を進呈された。ワンピース(参考商品)/ディオール (クリスチャン ディオール)

芦田愛菜(俳優)
2004年兵庫県生まれ。5歳でドラマ『Mother』に出演し、脚光を浴びる。『マルモのおきて』で連続ドラマ初主演。現在、映画、TV、CM等で幅広く活躍中。第34回日本アカデミー賞新人俳優賞、第54回ブルーリボン賞新人賞ほか受賞歴多数。15歳で初の著書『まなの本棚』を上梓。

五木寛之(作家)
1932年福岡県生まれ。早稲田大学文学部ロシア文学科中退。1966年『さらばモスクワ愚連隊』でデビュー。1967年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞受賞。代表作に『青春の門』『大河の一滴』『親鸞』など。『七〇歳年下の君たちへ』は高校生、大学生との対話集。近著に『新・地図のない旅』(全3巻)。

この記事の掲載号

『家庭画報』2024年01月号

家庭画報 2024年01月号

撮影/笹口悦民〈SIGNO〉 文/清水千佳子 スタイリング/浜松あゆみ(芦田さん) ヘア&メイク/太田瑛絵〈ヌーデ〉(芦田さん) 撮影協力/ザ・キャピトルホテル 東急

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