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工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】最終回「それぞれの女性たちの嫉妬について(後編)」

2023.12.15

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これは酷い、いくらなんでも酷すぎると私は思った。そもそもミエさんが大騒ぎするほど、二人の仲において、セックスが大きな比重を占めているのだろうか。私が彼女から聞いた限りでは、実際には若い人に比べたら、きわめて淡々とした交わりである。むしろ彼はミエさんに食事や洗濯の世話をしてもらっているのが嬉しくて、セックスはおまけと言ったら失礼だが、彼女の機嫌を取るための手段のように見える。

いずれにしても、他人を傷つけるために執念を燃やすのは、どんな理由があってもやるべきではない。


だから、ミエさんの場合も、私は彼女に強く反対した。恋人の奥さんに自分の存在を知らせようと考えるミエさんの心根が、どうしても許せなかったからだ。それだけは絶対にやめてと、猛烈に抗議した。ミエさんは相当立腹したけれど、結局、「悪魔の手紙」を恋人に書かせるのは断念したらしい。後から共通の友人である久枝さんがおしえてくれた。ミエさんの意図を知って「悪魔の手紙」と呼んだのは、久枝さんだった。うまい表現をするものだと感心した。

この事件の後に、ふと思い当たった。嫉妬とは究極のところ、人間の復讐心を生むための装置なのではないかと。暴力や誹謗中傷も復讐心に根差すケースが多い。

私がなぜ、夫に対してまったく嫉妬心を持たないかといえば、もはや復讐をする必要のない存在だからだろう。もしも、彼が若くて、マスコミの最前線でバリバリ働いていて、実は不倫をしていたら、おのれどうしてくれようかとバキバキと指関節を鳴らしたかもしれない。だが今は、過去の女出入りに焼き餅を焼くほどこっちも暇ではない。

やっぱりこれは加齢を経た末の境地かと、妙な感慨に浸ったが、ミエさんのようなケースはけっこう多いと久枝さんは言っていた。老人ホームでは嫉妬が絡んだ事件は珍しくないというより日常茶飯事だそうだ。

だからこそ自分の精神の安寧のためにも、不倫はするべきではないと、私は若い人たちに、さかんに助言していた時期があった。あまりにもたくさん、不倫のどつぼに嵌ってしまった女性の知り合いが周囲にいたからだ。

「不倫ってね、結局は無駄なエネルギーだと思う。向こうがいつまでも妻と別れないのに待ってるなんて不毛でしょ。バカバカしいわよ」

とある女性に言ったことがある。彼女はもう12年も妻子持ちの男と付き合っていた。彼は子供が小学校を卒業したら妻と別れて君と結婚すると約束していたのだが、なんと子供は大学生になったのに、まだ決着がつかない。そんなのは、本気で妻と離婚するつもりじゃないからだろう。いつまでもあると思うな若さと美貌よ、さっさと別れた方がいいわよと彼女に忠告したら、猛烈に怒らせてしまった。

じゃあ、工藤さんは男を離婚させて今まで結婚してきたんですかと、キッとした眼差しで睨まれた。いや、別に男に離婚を強要したことなんて一度もないわよと、さすがに言い返したけれど、女心とは難しいものだ、余計なお節介はやめようと、この時に肝に銘じたのを憶えている。

私は嫉妬をして何か物事がうまく回転した経験なんて一度もない。むしろ、逆だった。嫉妬するほど、すべてが複雑になる。空回りになる。だから、そういう状況は初めから極力、避けて通った。

この判断は正解だったと思うのだが、最近、新聞の訃報欄に知人の名前をみつけて、あらためて頰杖をついて考え込んでしまった。

それは40年くらい前に、仕事を通して知り合った内藤さんという人の訃報だったからだ。私と同じ73歳だった。

イラスト/大嶋さち子

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