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王侯貴族の権威の象徴「ティアラ」の世界。古代からの変遷を紐解く

2023.11.06

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これぞジュエリーの真髄 第11回(01) ティアラの世界 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を宝石史研究家の山口 遼さんの解説でご紹介するジュエリー連載。第11回は、ティアラの変遷について紐解きます。連載一覧はこちら>>

王侯貴族の地位と権威を示す存在

人間同士が会ったとき、最初に目にするのは頭部を含む相手の顔でしょう。髪の毛を含む頭部を飾るジュエリーというものは、想像以上に多くあります。

頭部を飾るジュエリーは、純粋の美を求めたというよりも、自分にとっては一種の荘厳具として、他人に対しては一種の威圧材として働いていたと思います。何よりも目立つ、そしてジュエリーの中では最大のサイズです。古くから登場していますが、現存するものは非常に少ない。

まず、そうした数少ない古代のジュエリーをご紹介します。


1.ヘレニズムのゴールド・ティアラ
製作年代:紀元前330~300年頃
製作国:ギリシャ

1はヘレニズム期のギリシャの金だけで作られたティアラ。こうして完全な形で残っているのが信じられないくらいです。

頭部の前面を飾るジュエリーはいろいろと形を変えて存続してきましたが、近世になってティアラがその代表として定着するのは、皇帝ナポレオンとその妃ジョゼフィーヌの時代です。

この頃、スイスなどを例外として、欧州のほとんどの国には王や皇帝がいました。王や皇帝がいれば、取り巻きの貴族がいます。そうした王侯貴族の人々が、自分たちの地位と権威を見せつけ、確認させるためのジュエリーとして使ったのがティアラでした。

19世紀は大衆化の時代と前にも書きましたが、ティアラだけは、王侯貴族だけが公式の場に限り使えるもの。王がいないアメリカでは、大宝石店でもティアラはほとんど作っていません。

2.[ブルガリア王室 旧蔵]ケッヒェルト社によるエメラルドとルビー、ダイヤモンドのティアラ
製作年代:1893年頃
製作国:オーストリア

まず、ティアラというよりも王冠に近い2を見てください。ルビー、エメラルド、ダイヤモンドを用いて、ブルボン王家の紋章であるフルールドリスをデザインしたもの。

オスマントルコから独立したばかりのブルガリア王家の王子の結婚式に際して作られました。ブルボン王家の血を引いたことを示すデザインです。

3.[コッホ 作]ガーランドスタイルのエメラルドとダイヤモンドのティアラ
製作年代:1905年
製作国:ドイツ

3はドイツの宝石商コッホの作品で、珍しくエメラルドとダイヤモンドだけを使ったベルエポック期のもの。非常に端正な、ドイツらしいデザインです。

ティアラは王侯貴族といえども正式の場でしか使えません。そこで普段はブローチやブレスレットなど、別のジュエリーとして使えるティアラが登場するようになります。

4.[ヴィクトリアン]自然主義のダイヤモンドのデイジーティアラ
製作年代:1870年頃
製作国:イギリス(推定)

4はヴィクトリア時代の末期に英国で作られたデイジーをデザインしたもので、バラバラにして、7個の小さなブローチにもなります。

今では使い方がはっきりしない、ティアラの前身ともいえる、フロントレットというジュエリーがあります。ティアラに比べると幅が広く、非常に大きなものです。フロントレットはおそらく、ティアラとして顔の前面につけるだけでなく、髪の毛の上を滑らせて頭頂部を飾るか、さらに背後に下げて結った髪の毛を飾ったのかと推察されます。

5.ペーストによる“バラ窓”のフロントレット
製作年代:19世紀中期
製作国:フランス(推定)

5はバラを窓枠に入れたデザインを並べたもの。使われているのはすべてペースト、鉛ガラスですが、なんとも不思議な魅力のあるジュエリーですね。
(第11回(02)に続く)。

※記事の写真は、下のフォトギャラリーからもご覧いただけます。

この記事の掲載号

『家庭画報』2023年11月号

家庭画報 2023年11月号

監修・文/山口 遼 撮影/栗本 光

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