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坂東玉三郎さんが語る泉 鏡花の世界。10歳で出会い、幻想的な魅力の虜に

2023.10.26

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注目の人:坂東玉三郎さん

坂東玉三郎さんが泉 鏡花の作品と出会ったのは、まだ10歳のとき。それは1960年に歌舞伎座で上演された『天守物語』で、富姫を6世中村歌右衛門、姫川図書之助を玉三郎さんの養父にあたる14世守田勘弥が演じている。幼い少年の目に飛び込んできたのは“闇の世界に射し込む色彩的な美しい光”。一瞬にして虜になってしまう世界が広がっていた。

幼少期の感性がとらえた泉 鏡花の幻想的な世界

「明るい夜、闇の光なんですが、僕にとっては陰気な雰囲気ではありませんでした。“幻想的”という言葉がいちばんふさわしいと思います。素敵な世界だったのは確かですね。当時は、亀姫が土産として持ってきた殿様の生首を人形ではなく、生きている人間が演じていました。ですから3尺もある舌を持つ舌長姥が生首を舐める場面には笑いが起きたんです。僕にとっては遊園地のような印象で、奇怪ではなく、ちょっとした“お楽しみ”でした。物語自体でいえば言葉は覚えていないのですが、幼いながらも恋物語ではなく“純粋な魂が惹かれ合う物語”として受け取りました」

シネマ歌舞伎『天守物語』の富姫。 撮影/篠山紀信

シネマ歌舞伎『天守物語』の富姫。 撮影/篠山紀信

その後1977年に日生劇場で上演された『天守物語』の富姫を初役で勤めた。

「僕が27歳のときでした。演出は俳優座出身の増見利清さんが手がけられたんですが、登退場をわからなくなるようにブラックシアターを使うなど、幻想的な世界観を生むという演出でした。それから再演を重ねていくのですが、今の舞台装置になったのは1999年の歌舞伎座で上演されたとき。いろんなことを試してみると、しなくてもいい部分がわかってきたんです。能楽的に、4本柱があるだけでいいということになり、現実的でシンプルな舞台になりました」


こうして定着した『天守物語』は、天守閣の侍女たちが細い釣竿の先に白露をつけて、女郎花や桔梗など秋の草花を釣るという詩的で美しい場面から始まり、一気に鏡花の世界へと引き込まれていく。

玉三郎さんが体現してきた日本が世界に誇る戯曲

「視点は、大宇宙から小宇宙をそして小宇宙から大宇宙を。凝縮された世界と壮大な世界が描かれています」──坂東玉三郎

玉三郎さんがこれまでに鏡花作品とかかわってきた回数は50回以上に及ぶ。

「日本の戯曲を手がけたいという思いから始まりました。鏡花先生は純日本的なものを愛して、そこに没入しつつも世界的にも通じる物語で、2時間前後で完結している作品を書いた唯一無二の作家だと思います。冒頭では固定観念を一気に破ること、そして結末で浄化された世界へ入っていくこと。これらは鏡花先生が戯曲で目指したことなので、手がけてきた作品ですべてに全力を尽くしてきました。今回上映される4作品の女性について理屈で理解しないでいただきたいのですが、それぞれが象徴的に描かれています。地上、水平線よりも上の世界にいるのが『天守物語』の富姫ですが、図書之助は下の世界から上がってきます。それに対して『海神別荘』では美女が上の世界から下の世界へと向かい、公子は海底の宮殿にいます。

美女と図書之助、公子と富姫はそれぞれが同じ役割を果たしています。図書之助は富姫と出会うことですぐに悟りの境地へとたどり着きますが、美女はなかなか悟りに入りません。そして富姫はろうそくの灯りで図書之助と目が合ったときに魂が交信して、帰したくないという思いに駆られます。一方で公子が美女を殺そうとして目が合ったときに、その目の中を見て美女は悟りを開きました。どちらも見つめ合っているときに、目の奧にある魂で理解し合うところがとても似ています。富姫は上から下界を揶揄し、公子は海のほうが純粋だと人間社会を揶揄しています。汚濁にまみれた人間社会から純粋な人を一人だけ選ぶところも同じです」

・グランドシネマ『日本橋』のお孝。 撮影/岡本隆史

グランドシネマ『日本橋』のお孝。 撮影/岡本隆史

『日本橋』の登場人物では2人で一人の人物を描いている点も興味深い。

「『日本橋』では一人の女性で清濁を描くわけにはいかないのでお孝と清葉が役割を受け持つのですが、最後はお互いによく理解していて心が通じ合っています。葛城晋三と五十嵐伝吾も同じで、葛城は出家して美しい面だけ描き、葛城の濁の部分、人間の性を伝吾がかぶっています。鏡花先生は純粋なものだけを望んでいらしたけれど、純のものを書くには濁の部分を誰かに託さないといけないんです。それから『高野聖』では煩悩の網から逃れた修行僧が登場しますが、これは『日本橋』の葛城にも通じるものがありますね」

独自の審美眼で本物を見出してきた玉三郎さんが“今”気になることは?

「英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルである平野亮一さんと高田 茜さんの『ロミオとジュリエット』は素晴らしかった。技術も表現力も英国のダンサーに勝るとも劣らず、今までにない存在です」


坂東玉三郎(ばんどう・たまさぶろう)
1950年、東京都出身。歌舞伎界を代表する立女方。重要無形文化財保持者(人間国宝)。1964年に14世守田勘弥の芸養子となり、5代目坂東玉三郎を襲名。『壇浦兜軍記』の阿古屋、『籠釣瓶花街酔醒』の八ツ橋、『伽羅先代萩』の政岡など、6世中村歌右衛門が演じた数々の大役を継承し、さらなる境地を構築してきた。泉 鏡花の作品の舞台化、舞台演出、映画作品への出演や監督など、歌舞伎の枠を超えた分野のさまざまな芸術にも大きな影響を与えている。

鏡花生誕150年
『坂東玉三郎 泉鏡花抄4作品』

文豪・泉 鏡花の数々の作品と俳優としてだけでなく、演出、監督、監修者としてかかわってきた坂東玉三郎。これまでに手がけてきた珠玉の舞台作品から選ばれた4作が大スクリーンで一挙に上映される。玉三郎が織りなす幻想的で美しい世界に魅了されるとともに、映像ならではの新たな表現が堪能できる。

●〜2023年11月2日 全国公開中
シネマ歌舞伎『海神別荘』
2009年7月、歌舞伎座。103分
シネマ歌舞伎『高野聖』
2011年2月、博多座。89分

●2023年11月3日〜16日 全国公開
シネマ歌舞伎『天守物語』
2009年7月、歌舞伎座。117分
グランドシネマ『日本橋』
2012年12月、日生劇場。147分

この記事の掲載号

『家庭画報』2023年11月号

家庭画報 2023年11月号

構成・文/山下シオン

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