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諏訪内晶子さん「国際音楽祭NIPPON」の芸術監督に就任して10年。「次の10年は、より音楽を深めていく時間になる」

2023.10.03

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©TAKAKI KUMADA

視野を広げるため、アプローチを変える必要があった

1990年、チャイコフスキー国際コンクールヴァイオリン部門で史上最年少優勝。桐朋女子高等学校音楽科を卒業したばかりの18歳で脚光を浴びることとなった諏訪内晶子は、その後アメリカとドイツでさらに研鑽を積み、以来、華やかさと堅実さを兼ね備えた演奏で世界の舞台に立ち続ける。 そんな諏訪内が10年前に立ち上げたのが、「国際音祭NIPPON」だ。そこには、生まれ育ち、彼女の礎を築く教育を与えてくれた日本の音楽界に恩返しをしたいという想い、また、ソリストとして依頼されたステージに立つ受け身のスタンスだけでなく、プロジェクトを提案したいという願いがあった。

「音楽家が目指すのは、究極的なことをいえば、充実した演奏をどれだけ続けていけるかに尽きます。依頼されて演奏することだけを続けていると、モチベーションや演奏の広がりの意味で、ある時厚い壁にぶつかります。音楽を充実させていくには、アプローチを変えることが必要でした」

国際音楽祭NIPPON2022   J.S.バッハ 無伴奏ソナタ&パルティータ演奏会より ©Hiroko Chiba

国際音楽祭NIPPON2022 J.S.バッハ 無伴奏ソナタ&パルティータ演奏会より ©Hiroko Chiba

運命的に出会ったグァルネリ・デル・ジェズ「チャールズ・リード」

そうして始めた音楽祭は、パンデミック中の混乱をはさみながらも着実に回を重ねている。一方2020年には、転機となる出来事があった。2000年から長期貸与されていたストラディヴァリウス「ドルフィン」の返却を迎える頃、Dr.リュウジ・ウエノが所有する1732年製のグァルネリ・デル・ジェズ「チャールズ・リード」と運命的に出会ったのだ。


「2020年2月、ワシントンで演奏会をしたとき、知人からすばらしいヴァイオリンをお持ちのかたがいらっしゃるとご紹介いただき、初めて楽器に触れました。でもその直後、パンデミックの影響で半年以上ワシントンへの飛行機がなくなってしまったのです。ようやくフライト再開の知らせが入ると、その3日後には飛行機に乗っていました(笑)」

20年を共にしたドルフィンとの別れには、「後ろ髪引かれるかと思ったけれど、そうでもなかった」と話す。

「20年で出来る限りのことをしたので、振り返る気持ちにならなかったのでしょう。ドルフィンはどこかこちらを“振り回してくる”ところがありましたが、チャールズ・リードは、楽器の持つすばらしさを引き出すことが求められます。ドルフィンとの経験で培ったもののおかげで、今度のチャールズ・リードでは出したい音のイメージが私の中で強くあり、楽器にもすぐに慣れました」

この楽器の存在が、音楽づくりのインスピレーションの大きな源となっているという。

「ストラディヴァリウスのときは、楽器の持つきれいな倍音を私が邪魔せずどう出していくかを考えていましたが、グァルネリ・デル・ジェズは特にビブラートのかけ方や弓の奏法が音色に強く影響し、艶やかさを変えるので、振動の幅をどれだけ出すかを考えながら演奏しています。知らなかった世界がそこにありました」

©TAKAKI KUMADA

©TAKAKI KUMADA

国際音楽祭NIPPONの仲間たちから得るインスピレーション

そしてもう一つのインスピレーションの源は、「良い音楽家たちと仕事をすること」だという。彼女にそんな機会をもたらすのが、国内外から優れた演奏家が集う「国際音楽祭NIPPON」ということになる。

モーツァルトのヴァイオリン協奏曲全曲演奏会では、指揮にサッシャ・ゲッツェルを迎え、国内外の名手を集めたフェスティヴァル・オーケストラと共演する。

「ゲッツェルは30年前のニューヨーク留学時代、一緒にヴァイオリンを勉強していた友人です。ウィーン生まれの彼はその後指揮者として活躍し、ウィーン国立歌劇場でオペラも振っています。今回の音楽祭はウィーンの作品中心ですから、ぜひ共演したいと思いました」

一方、2夜にわたる室内楽プロジェクト「Akiko Plays CLASSIC & MODERN with Friends」は「1800年、1900年のウィーンで何が起きていたかがテーマ」だという。

「CLASSICではモーツァルトやベートーヴェンに加え、超絶技巧のヴァイオリンの名手だったパガニーニも選びました。彼はウィーンで演奏会をして大論争を巻き起こし、音楽界に影響を与えました。今回演奏するのは、シューベルトが当時聴いたとされるプログラムからの抜粋です」

一方のMODERNの選曲にもこだわりがある。

「共演者から、ウィーンの音楽の歴史の中で重要な存在であるコルンゴルトはぜ入れようという提案があり取り入れました。ピアノ三重奏曲Op.1は彼が13、4歳の時の作品。神童です。

またウィーン第二楽派から影響を受けている安良岡章夫先生には作品を委嘱しました。実は安良岡先生は、高校3年生の時の担任の先生なのです。当時挑戦したエリザベート王妃国際音楽コンクールで入賞し、演奏会も含めて長期間授業に出られず、気づいたら留年になるかもしれないといわれた大変な時期を見守ってくださった先生です(笑)。現代音楽が好きな私は、その後ジュリアード音楽院で先生の作品について修士論文を書きました。今回ようやくこうして演奏でき、とても嬉しいです」

音楽祭も回を重ね、諏訪内がやりたいことを形にするスタイルに磨きがかかってきた。

「私が芸術監督に就任したのは、40代を迎えた10年前のこと。次の10年は、より音楽を深めていく時間になると思います。

若い頃の演奏もいいけれど、年を重ねたからこその表現もあります。芸術的な充実は、日々の積み重ねなくして手に入りません。まずは心身のコンディションを保つためのケアに時間をかけていますが、スポーツと同様、体力や身体能力の頂点は若い頃にくるものです。ただ芸術の場合、それだけでは越えられないものがあります。ここからはより深く掘り下げていかないと、音楽は芸術の域に入りません」

諏訪内は、社会を見渡し人々に目を向けながら、真摯に音楽と向き合い続けている。

「今回も私が知る限りのすばらしい演奏家が集まってくださり、音楽祭を企画しています。会場に足を運んでくださるみなさんには、私たちの演奏から、一瞬でも気持ちが変わる経験をしていただけたらと願っています」


諏訪内晶子
すわない・あきこ
1990年史上最年少でチャイコフスキー国際コンクール優勝。以後国内外主要オーケストラと共演。録音最新作は『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ』。使用楽器は米国在住のDr. Ryuji Uenoより長期貸与された1732年製作のグァルネリ・デル・ジェズ「チャールズ・リード」。

[演奏会]国際音楽祭NIPPON 2024
(芸術監督:諏訪内晶子)

■モーツァルト ヴァイオリン協奏曲全曲演奏会(東京、全2回)
2024年1月11日、12日 東京オペラシティ

■モーツァルト ヴァイオリン協奏曲セレクション(愛知)
2024年1月13日
三井住友海上しらかわホール
サッシャ・ゲッツェル(指揮)、諏訪内晶子(ヴァイオリン)、
国際音楽祭NIPPON
フェスティヴァル・オーケストラ

■~諏訪内晶子&フレンズ~
コンサート in 大船渡(岩手)
2024年2月17日 大船渡市民文化会館

■ミュージアム・コンサート(愛知)
2024年2月18日 トヨタ産業技術記念館

■室内楽プロジェクト~Akiko Plays
CLASSIC&MODERN with Friends(東京)
2024年2月19日、21日 紀尾井ホール

■シューマン 室内楽
マラソンコンサート(東京)
2024年2月23日 東京オペラシティ

※その他のイベント日程や演目など、詳細はHPをご覧ください
https://www.japanarts.co.jp/special/imfn/

この記事の掲載号

『家庭画報』2023年10月号

家庭画報 2023年10月号

構成・文/高坂はる香

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