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- きものチンプンカンプン
- 半世紀を経て帰ってきた、阿川佐和子さんの“娘きもの”
小学生の頃に買ってもらったきものは別として、母と一緒に呉服屋へ赴き、初めてきものを仕立ててもらったのは二十歳のときだった。私はいわゆる成人式に皆がこぞって着るような柄も色も豪華なきものを欲しいとはさらさら思わなかった。でもせっかくの二十歳の記念だからと母が誘ってくれたのである。
「でしたら、こんなきものはいかがですか?」
デパートの呉服売り場の店員さんに勧められた反物は、明るいグレー地の縮緬地にオレンジ色や緑や青色の花木がカラフルに型染めされたものである。最初、私はこれぞ琉球紅型かと思ったが、
「いえ、こちらは加賀友禅の型染めなんですよ。友禅とはいえそんなにお高くないですし、縮緬地でいいものです」
そんな説明を受け、北国にも紅型のような型染めがあるのかと驚いたのを覚えている。一目で気に入った。可愛いけれど派手すぎない。中振り袖で縫ってもらうことになったが、「袖を短くすればずっと長く着られますよ」と言われ、ますます気に入った。
二十代後半は、この加賀型染めのきものを着て友達の結婚披露宴に何度出席したことか。きものと一緒に買ってもらった銀地の亀甲模様のキラキラ光る帯をセットに抱えて美容院で着付けてもらうたび、「お洒落ないいお着物ですねえ」と着付けの人に褒められて、誇らしく思ったものである。
その加賀のきものは当初の予定通り、それがいつのタイミングだったか定かな記憶はないけれど、袖をあっさり短く切った。娘時代にさんざん結婚式場詣でをした記憶が残っているせいか、袖が短くなったとはいえ、気恥ずかしい気がして長らく着る機会を失っていたけれど、古稀に近づいた今になると逆に懐かしさが募り「着られないことはないかな」という思いが強くなってきた。
もう一枚、あれは私がいくつのときのことだろう。母が、「あんたのために買ったのよ」と、白とオレンジピンクの細い縞柄に赤いダイヤ柄が入った小紋のきものを見せられた。へえと私は反応し、有り難うぐらいは言ったと思うが、内心、さほど好きだとは思わなかった。いかにも女の子らしいきものである。これが私に似合うだろうか。疑心暗鬼のまま手元に置いて、親元を離れたときも持って出たけれど、一度も袖を通したことがない。母はそのきものについて別段、「着てみなさい」とも「あれはどうした?」とも聞かなかったが、本当は私に着てほしかったのかもしれない。
母が亡くなり、着物の整理をした折、いっそ若い人に譲ろうかと思っていたところ、本誌連載担当のカバちゃんと着付けのイッシーが声を揃えて、
「着ればいいのに。帯次第で大人っぽくなりますよ」
そう言われて改心した。今こそ復活の、いや半世紀越しのデビューの瞬間を、オレンジピンクちゃんが待っている。さてどの帯と合わせれば、大人っぽく着られるか。楽しみだ。
撮影/森山雅智 着付け/石山美津江 ヘア&メイク/田中 舞子(VANITÉS) 構成・取材/樺澤貴子