きものダイアリー

受け継がれるものたち 内田也哉子の「衣(きぬ)だより」最終回

2023.09.14

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母と娘の新たなる邂逅 内田也哉子の「衣(きぬ)だより」最終回 極力、物を所有しなかった樹木希林さんが慈しみながら持ち続けたのが“きもの”でした。試行錯誤と創意工夫の気配が漂う数々のきものを、この連載を通してまとった也哉子さん。実際に袖を通すことで古い衣に輝きが宿り、 “それこそが物の冥利”だと、改めて希林さんの想いを受け止めたようです。最終回は、長男のUTA(内田雅樂)さんとともに受け継がれた衣に各々の心意気を映して着こなします。前回の記事はこちら>>

自分好みの“色”で装う ── 希林さんから受け継いだ内田家の流儀
「古いものを継承しつつ、その良さを理解したうえで現代を生きる自分だったらどのように着たいか。私なりに真摯に向き合いました」。そう語る也哉子さんは、源氏車の黒留袖にヘッドドレスを合わせ、赤をポイントに。UTAさんは「既にあるものを自分なりにどう活かすか。子どもの頃から祖母に言い聞かせられました」と希林さんの言葉を思い返します。黒一色のファッションに、文字をちらした染め疋田の単衣をローブのように羽織ります。帽子/Akio Hirata (ブティック サロン ココ)

受け継がれるものたち ── 内田也哉子

「哀しい色したきものね」 お気に入りの黒の留袖を羽織るときに、よく母はこう呟いていた。この哀しいという彼女の言葉選びには、 決してネガティブな意味はなく、いくつもの愛おしさの層が詰まっている。 昭和初期から現在に至るまでの時の流れが、言わずもがな布地から漂ってくる。百年近い時を経て、その長い旅路の浪漫に思いを馳せると共に、よくぞここまで辿り着いてくれたという畏敬の念が込み上げてくるのかもしれない。

「やっぱりきものを着ないと“もったいない”わね、お母さん」
希林さんがお気に入りだった“哀しい色した”黒留袖は、内田裕也さんとの最後のCM撮影でまとったものです。松竹梅のシルエットを背景に飛翔する二羽の鶴に、夫婦の姿が重なります。「この連載を通して、母がやってきたこと、遺してくれたものをお浚(さら)いさせていただきました。今度は私がバトンを受け取って、進化させる番。ここから自分なりの模索の道を歩みたいと思います」。也哉子さんの決意が、“衣だより”を未来へと繋ぎます。

ひとくちに黒と言っても、白い絹糸から丁寧に織り上げられた生地を、紅花で赤く染めてから黒色をかける紅下という技法で、自然由来の染料を使うからこそ独特なセピア色へと風化していく。 母は、薄くなった布地が今にもやぶけてしまわぬように裏打ちをし、鶴の羽に刺繡を施し再生させ、その儚くも変わりゆくきものを慈しむように袖を通した。

黒繻子に浮かび上がる手描きの観音像の帯。自分の生きづらさを早くに知ってしまった希林さんにとって、きものはそれを補うものだったそうです。物の運命を全うする。そんな想いが、観音像に込められたのでしょうか。

経年劣化という表現からは「品質や性能が低下する」という残念なイメージがあり、現代ではどちらかといえばきものの色が褪せない技術の進化が見られるようだが、 母の場合は、きものでも人でも、時や経験の跡が感じられるものを、より好む人だった。

変幻自在にきものを楽しんでいたように見える希林さん。しかし、也哉子さんは「自由ということは、全責任を負うこと」と教えられてきたそうです。写真は映画『カポネ大いに泣く』(1985)の希林さんのオフショット。協力/松竹

晩年はひときわ目立つようになった自らの顔に刻まれたシワを「これを取ったらもったいないわよ、いい味なんだから」と大切そうに撫でてみたり、 義理の姉の美しい銀髪を羨ましそうに「私もそんなきれいになるかわからないけど、白髪を大事にしてるの」と年齢とともに訪れる変化をしみじみと味わっていた。

希林さんがよく着ていた一枚に初めて袖を通したUTAさんは、大胆な意匠を引き立てるポージングを次々に披露。「服というのは、内面を映す鏡。いろんな服を着ることで自分を客観視でき、それは生きていくうえでも大切なこと」。モデルとしてデビューした際に希林さんから贈られた言葉を体現しているようでした。

これら息の永いきものたちが眠る母の和室には、四枚の板戸がある。ありのままの木地の上に、絵師の木村英輝氏が描いてくれたのは、枯れた蓮の絵だった。京都の青蓮院に奉納された六十面に及ぶ蓮の襖絵からあぶれた図案は、阿弥陀教の世界にはない「枯れた」様というわけだ。

その経緯を大いに気に入った母が、是非うちの板戸にと依頼をし、枯れた蓮の根元あたりには、次なる芽吹きを待つ小さな蕾の姿も現れた。そして、まるで枯れゆく祖母を見上げる孫たちのように、生命が次の世代に受け継がれていく象徴的な風景を「Lotus revives 蘇る蓮」と名付けた。

希林さんの想いが幾重にも連なる
昭和初期の絽の振袖に一目惚れした希林さん。「物も見る角度を変えると、全く違う輝きが増す」と感じていた希林さんは、自分が着るには若すぎると袖を切り、生成色の紗をかけることで鮮やかさを抑えました。物が浮かばれるということをとことん考え続けた、まさに希林流のメソッドを象徴する一枚。古典的な柄行きだけに、帯でコントラストをつけず、あえてワントーンで装うのが也哉子さん流です。

あれから十三年が経ち、母はまさしく蓮の華のように一生を全うし、その種を私や子どもたちに遺していった。彼女が、まごころをかけた古いきもののように、手触りのあるものもさることながら、容易く摑むことのできない多くのものを受け取った気がしてならない。時にそれは、なにげなく交わされた言葉だったり、語らない背中だったり、大切な人との関わり方だったり、物の始末のつけ方だったり、それこそ目元や手のシワのひとつひとつにまで、彼女の跡がちゃんと証として私の記憶に刻まれている。

そして、私自身もすでに人生の折り返し地点を過ぎ、子どもたちに果たして何が遺せるのかと思い巡らせている。できることなら母がそうしたように、形なきもの、つまり日々の積み重ねからこぼれ落ちる風情や心意気の軌跡を、彼らがくすりと笑ってくれたり、へぇと頷いてくれたら本望と思う今日この頃なのだ。

内田也哉子さん
(うちだ・ややこ)1976年、東京生まれ。文筆業。夫で俳優の本木雅弘氏とともに3児を育てる。著書に『会見記』『BROOCH』(ともにリトルモア)、『9月1日 母からのバトン』(ポプラ社)、中野信子さんとの共著『なんで家族を続けるの?』(文春新書)、『新装版 ペーパームービー』(朝日出版社)など多数。翻訳絵本に『点 きみとぼくはここにいる』(講談社)、『うみ』(岩波書店)。Eテレ「no art, no life」(毎週日曜05:55〜)では語りを担当。

この記事の掲載号

『家庭画報』2023年09月号

家庭画報 2023年09月号

撮影/森山雅智 スタイリング/石田節子 ヘア&メイク/EITA〈Iris〉 着付け/杉山優子 構成・取材・文/樺澤貴子

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