カルチャー&ホビー

工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】第15回「息を吐くように噓をつく女(前編)」

2023.07.13

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潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。前回の記事はこちら>>

第15回 息を吐くように噓をつく女(前編)


イラスト/大嶋さち子

文/工藤美代子

これはある2人の男性の身に実際に起きた話だ。彼らは親しい友人同士ではないが、お互いに面識はある。なぜなら2人とも、日本ではごく一握りしかいないと言える、いわゆる上流階級に属しているからだ。どうして私が2人を知っているのかを説明できたら、このエピソードを紹介するにしても、きっと説得力が増すと思う。だが、取材対象者のプライバシー保護のため、そこは書けない。ただし、彼らが遭遇した災難のディテールはすべて真実だ。いっさい話を盛ってはいない。


まず、84歳の井上氏についてから始めたい。彼がアヤさんと再婚したのは55歳の時だった。前の奥さんが亡くなって2年ほどした頃である。娘が一人いたが、もう結婚していた。ある老舗の大企業の社長だった井上氏は裕福で、若い頃はイギリスとスイスに留学した。交友関係も広くて、彼の会話の中には、しばしば海外のセレブの名前が出て来るのに私は驚いた。アヤさんと再婚する前には何人かの愛人もいたらしい。

だが、アヤさんには、ほとんど一目惚れだった。なぜか。それは当時39歳だったアヤさんが、本能的に彼が求めているものをすべて備えているように見えたからだ。昨年、1時間だけ取材に応じてくれた井上氏は、次のように語っている。

「まず、彼女は僕と同じイギリスの大学を卒業しているとのふれ込みだった。後でわかったのですが、それはまったくの噓でしたね。でも、イギリスの高校を卒業して、僕と同じ大学の聴講生だった時期があったらしく、一応それなりの英語は喋りましたよ。彼女の父親は僕のビジネスに関わりのある中小企業の創業者で、業界では信用が厚い、良い方でした。彼の娘だからという安心感は初めからあったでしょう。その上年商10億以上の経営コンサルタントの会社を自分で起業して、もう9年近く経営していると彼女は自慢していた」

なによりアヤさんが美人だったのも井上氏が恋におちた理由の一つだったと思われる。ゴルフ、テニス、水泳とスポーツも万能だし、経済的にも自立したビジネスウーマンと井上氏の目には映った。つき合い始めて3か月ほどで、2人は婚約した。

この時にアヤさんは井上氏にベンツの新車をポンとプレゼントしたのである。実のところ、それはアヤさんが長期のローンを組んで、やっと買ったのだとは、この時の井上氏は知る由もなかった。即金で2000万円もする高級車を買ってくれたのだと思い込み、アヤさんを凄腕の経営者だと尊敬もした。
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