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天空の森オーナー田島健夫さんが、おいしい牛乳やジェラートを通して伝えたいこと

2023.05.08

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天空の森 ふるさとに築く「夢の王国」 「ここの牛乳は季節で味が変わるんですよ」。そういって、鹿児島のリゾート「天空の森」社長 田島健夫さんが案内してくださったのは、鹿児島県姶良(あいら)郡湧水町にある「上床(うわとこ)牧場」です。広い草原に放牧されている牛たちのミルクは、季節ごとに味や色、香りがかすかに変わるのが特徴。草原と森、牛と鳥と人が調和した放牧酪農について、田島さんが語ります。前回の記事はこちら>>

第6回 牛乳の色と香りを味わう


上床牧場

上床牧場は自然と牛、人が幸せに共生する霧島の里
鹿児島県北東部、霧島山系栗野岳の麓にある上床牧場は、日本でも数少ない放牧酪農。標高600~750メートル地点に位置し、ここより上に人は住んでいない。草原で思い思いに草を食む牛たちを笑顔で見守る牧場主の竹中勝雄さん(右)と田島さんは、40年近いつきあいだ。

「放牧酪農や自然の森を守ることは、地球の未来を守る“すごい開発”だ」──田島健夫



僕が子どもの頃、この辺りの家はどこも牛を飼っていました。田畑を耕すために欠かせなかったのです。牛というのは人懐っこくて、こっちが寝そべって雲なんか眺めていると、いつのまにかそばにいる。

彼らが何かを食べる音がまた実に素敵なんですよ。草をプチプチッと食いちぎる音、常緑樹の硬い葉をバリバリッとかみ砕く音、もぐもぐ反芻する音。だから、上床牧場の牛たちを見るといつも心が躍ります。

牧場主の竹中勝雄さんは、スイスの放牧風景の写真に憧れて、この世界へ進んだ人。放牧酪農が盛んな北海道に渡って理念や技術を学んだ後、鹿児島に戻って、電気も水道もない未開拓の土地で牧場を始めました。

苦労して夢に見た牧場をつくり上げた竹中さんと僕が出会ったのは、原生林の伐採を止める運動を通して。当時から竹中さんは「人間の仕業で気候変動もなんもかんも起こってしまった。人任せにしないで、自分がなんとかしないと」と熱い人でした。

海江田明大さん

竹中さんの長女、樹里さんの夫、海江田明大さん。竹中さんの後を継ぎ、上床牧場の経営を担っている。

仔牛

約35ヘクタールの牧場には常時70頭強の乳牛が暮らしている。育成用の牛舎には愛らしい仔牛の姿もあった。

今も放牧酪農を通して、この地にしか生息しない貴重な動植物を守り、日本の原風景ともいえる里地里山(原生的な自然と都市との間にあり、集落と農地やため池、草原、樹林地などで構成されている地域)を守っておられる。

長年のそうした取り組みが環境省に評価され、2015年に上床牧場を含む吉松地域が「生物多様性保全上重要な里地里山」に選ばれたときは、自分のことのように誇らしかったです。

照葉樹の原生林

放牧地の周囲にはタブノキやスダジイを中心とした照葉樹の原生林があり、樹齢推定400~600年の巨木も。清浄な空気に心が洗われる。1985年頃、伐採の危機に見舞われたが、竹中さんら地元住民が反対運動を起こして守った。森には “幻の鳥” と呼ばれ、環境省が絶滅危惧種に指定しているヤイロチョウも生息している。

人里離れたこの山の牧場では、牛たちはきれいな水を飲み、多種多様な草を気の向くまま、ストレスなく食べています。そのため牛は病気にかかりにくく、人間のほうは牛が自ら採食することで、多少なりとも助かっているのだそう。

ここで採れるミルクは、そのとき牛が食べているものなどで色や香り、味が変わります。考えてみれば当然のことなのですが、一年中均質な牛乳に慣れている人には驚きでしょうね。

牛

部外者にも警戒心ゼロだった牛たち。

僕はそれこそが放牧酪農ならではの付加価値だと思うので、その価値に見合う価格で定期的に生乳を買わせてもらい、乳製品に加工して、「天空の森」でお出ししています。

僕のお気に入りは自家製はちみつを添えたヨーグルトと、フォームミルクとソラマメのスープ。味の半分くらいは思い込みかもしれませんが(笑)、僕にとっては最高においしいです。現在シェフが試作中なのが、敷地内で採れたフキノトウやヨモギを使ったジェラート。きっと季節感たっぷりのものができ上がりますよ。

上床牧場で作られた新鮮な牛乳とバター、ヨーグルト

上床牧場で作られた新鮮な牛乳とバター、ヨーグルト。湧水町のふるさと納税返礼品になっているアイスクリームは、コクがありながら、後味はすっきり。

僕は、牛と人が幸せに共生するこの小さな牧場と自然の森を守ることは、日本の大切な里地里山を守り、地球の未来を守ることにつながる “すごい開発” だと思っています。

開発というと新しいものや外に目がいきがちですが、すでにあるものの真価を伝え、守っていくのも開発の一つのような気がするのです。おいしい牛乳やジェラートを通して、これからもそういうことを伝え、応援していきます。

牧場の一角にある「アンの家」

牧場の一角にある「アンの家」は、竹中さんの妻、千恵子さんの『赤毛のアン』への憧憬から建てられたもの。地元の小学生たちがバター作り体験などをする際の会場となる。

千恵子さんが旅先のカナダで求めたアンの人形とスイスの人形

千恵子さんが旅先のカナダで求めたアンの人形(右)とスイスの人形。

千恵子さん、樹里さん母娘

アンの家の前に広がる草原を仲よく散歩する千恵子さん(左)、樹里さん母娘。

「天空の森」オーナー 田島健夫(たじま・たてお)

田島さんと竹中さんほのかに青草の香りのする牛乳を片手に、地元の方言で談笑する田島さん(右)と竹中さん。御年85歳の竹中さんは、「一昨年は4回も救急車のお世話になったけど、元気だよ」といって豪快に笑った。

1945年、鹿児島県・妙見温泉の湯治旅館「田島本館」の次男として生まれる。東洋大学卒業後、銀行員を経て1970年に茅葺きの温泉宿「忘れの里 雅叙苑」を、2004年に約60万平方メートルのリゾート「天空の森」を開業。豊かな発想と抜群の実行力で、故郷の活性化にも尽している。
撮影/本誌・西山 航 取材・文/清水千佳子

『家庭画報』2023年5月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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