注目の人・水谷 豊

一つの役にイメージが固まったとしてもよい意味で裏切ることができる。演技は違う役にトライできるからこそ面白いのだと思います ── 水谷 豊
テレビドラマ『相棒』の主人公、杉下右京役で国民的スターとして親しまれている水谷 豊さん。長年にわたって演じ続けてきた人物は、ご自身にとってどんな存在なのだろうか?
「普段の自分は意識していませんが、“右京さん”って街で声をかけられることが多くて、そういうときは話し方にちょっと“右京”を入れてしまうんです(笑)。期待に応えようと思って、右京風の丁寧なしゃべり方をしますね」
舞台で挑戦したピアノ演奏は観客が気づかなかった偉業
満面に笑みを浮かべながらそう語る優しい話し方は、明らかに“右京さん”とは違う。そして今回23年ぶりに挑む舞台『帰ってきたマイ・ブラザー』では、かつて大ヒット曲で人気を博した4人兄弟のヴォーカルグループの長男役を演じる。
まずは2000年に『陽のあたる教室』で主人公の音楽教師・ホランド先生を演じたときの逸話について伺った。
「映画で拝見していたので、ぜひ演りたいと思いました。でも作曲家でピアニストという設定なので、ピアノの演奏をクリアしなければなりません。当時、ピアニストの役を演じた経験はあったので、音に手のポジションを合わせるのが大変なことだとはわかっていました。そこで本当に弾くか、前回同様に音に合わせるかという2択から、弾くことにトライすると決めたんです。ジャズや交響曲といった結構難しい曲が何曲かあって、練習期間はほぼ2か月だけ。無理かなとは思ったんですが、指導してくださった先生が“いや、できる”とおっしゃるので、実際にピアノを弾いた経験もないのにその言葉に乗せられました(笑)。
本番では5、6曲、いや、もっと弾いたと思うんですが、お芝居をしていてピアノの場面が近づいてくると憂鬱になりました(笑)。知り合いの音楽家たちが観に来てくれたこともプレッシャーでしたね。観客の反応の報告も受けたんですが“子どもの頃から弾いているはず”や“弾いている真似をしているだけ”のどちらかで、苦労して未経験者の本人が弾いているとは思われなかったようです(笑)。悪戦苦闘の日々でしたが千秋楽が近い頃の公演で“思いどおりに、自由に弾ける”と実感したことがありました。“ピアノの神が憑つく”という貴重な経験をしたんです。プロでもめったに到達できない境地だそうで、そんなに早くその状態になったことを驚かれました」