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工藤美代子さん【快楽(けらく)】第10回 その恋は本物? それとも国際ロマンス詐欺ですか(前編)

2023.03.02

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潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。前回の記事はこちら>>

その恋は本物? それとも国際ロマンス詐欺ですか(前編)




文/工藤美代子

最近よくテレビやネットで報じられている国際ロマンス詐欺。ついこの間まで、そんな事件は、自分とは無関係な遠い世界のことだと思い込んでいた。千波さんに再会するまでは。


彼女と私の付き合いは、もう40年以上に及ぶ。年齢も同じだ。団塊世代のど真ん中。東京の近郊に住んでいて、娘さんが2人いるのだが、すでに結婚して独立している。1人は静岡で、もう1人は名古屋で暮らしているらしい。親子関係の詳細は知らないが、べったりと密着した感じではなさそうだ。

旦那さんの酒井さんは4歳年下だった。あるデパートの呉服部で働いていた。私の母が彼の顧客だった関係で、月に一度は反物を持って実家に顔を見せた。

まことに好人物であり、無理に高価な着物を売りつけようともしないので、母も気に入っていた。そんな酒井さんが、「今度結婚することになりまして」と恥ずかしそうな顔をしながら千波さんを伴って現れたのは、いつ頃だったろう。彼女は女子大で日本文学を専攻して、卒論は「川端康成における女体嫌悪」がテーマだったという。もう川端が逗子の仕事場で自殺をした後だった。

なかなか面白いと私は興味を感じた。恋愛小説をたくさん書いた作家でも、愛していた対象が相手の女性だったのか、あるいは恋愛をする自分そのものなのか、はたまた女性に付随する何かの幻影を追っていたのか、よくわからないケースは多々ある。川端という作家は美しい女性が好きだったが、そこに生々しい肉体が介在するのを無意識に避けていたのではないかというのが千波さんの卒論の主旨だと聞いた。

私は彼女の説に共感を覚えた。自分の過去の恋愛を思い出してみても、本当に彼らを愛していたのか自信がなかった。ただ自分に好意を寄せてくれているからとか、親が喜ぶような条件の相手だったからとか、まことにいい加減な理由で恋に陥ったと信じようとした。そのためか、相手に対して強い執着を感じた記憶は一度もなかった。

それ以来、千波さんは時々私に電話をくれて、よく表参道や銀座でお茶をした。やがて彼女は子育てに忙しくなり、私たちの間は次第に疎遠になっていった。

だから母の葬式に来てくれた彼女に挨拶をして以来、実に15年ぶりに千波さんから連絡があった時は、何だか不吉な予感がした。幸せに暮らしていたら、大昔の友人に電話なんかしないだろうと思ったのだ。

新橋の天ぷら屋で再会した千波さんは痩せていた。顔色も悪くてやつれている。何があったのかを聞く前に、彼女から口を切った。旦那さんである酒井さんが、6年ほど前に脳溢血で亡くなったという。まだ59歳の若さだった。

あまりにも呆気なく旅立ってしまったので、今でも現実感が湧かない。それでも娘たちが大人になっていたので、葬儀万端すべて手配してくれて助かった。生命保険も3000万円出たし、会社は定年前だったが、満額の退職金を支給してくれた。その意味では自分はラッキーだったと千波さんは微笑む。

しかし、続けて彼女は意外な言葉を口走った。
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