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【スーパー獣医 野村潤一郎先生の動物エッセイ】名付けが犬に影響を及ぼす?

2022.08.24

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スーパー獣医の動物エッセイ「アニマルQ」 患者件数も手術件数も個人開業医としては群を抜いて多い野村獣医科Vセンター。豊富な医療行為を通してのみ得られるのは、診察の精度の向上であったり、よりよい手術の技術であったり。そしてなかには理屈では説明できないこんなことも……。

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名付けのミステリー

イラスト/コバヤシヨシノリ

文/野村潤一郎〈野村獣医科Vセンター院長〉


昔からお付き合いのある愛犬家のご婦人が、折り入って相談があるというので話を聞くことにした。

「先生、先代ではお世話になりました。この度、3代目の犬を迎えることになりました」

「そうですか。愛犬を老衰で見送った悲しみよりも共に暮らした思い出の楽しさが勝っている方は、何度でも犬を飼うものです」

「つきましては先生のお名前を頂きたく存じます」

「と言いますと?」

ご婦人は手焼きサイズの写真を私に見せながら続けた。

「この子に“潤一郎”と名付けようと思います」

そこには何だかタワシみたいな口ひげを生やした、イタズラっ子そうなテリアの子供が写っていた。

「ええと……このの仔犬にですか?」

私は少し嫌だなと思いつつも了承した。

「先生は丈夫そうだし滅多なことでは死にそうもないのでと思いまして」

「なるほどね、そういえばよく見るとこの犬は天才っぽいですね!」

と言ってみると、ご婦人は

「馬鹿でも良いのです。でも病気にならず逞しく生きる子に育ってほしいのです」と返してきた。

「あ、そうですか」と私。

実は我が病院の患者には、把握しているだけでも3頭の“犬の潤一郎”が存在していて、飼い主たちの願いは一様に“元気いっぱいの人生”だという。犬にどんな名を付けようが自由だが、私はいつも飼い主と愛犬のやり取りにハッとさせられてしまう。

「潤一郎、しずかに」「潤一郎、それ食べちゃダメ」「潤一郎、座れ、お座り!」

こんな会話を聞くたびに自分のことだと思ってしまうのだ。何だかどの子も落ち着きがないが、確かに病気知らずで健康だし、姿勢が良くキリッとした犬に育っている。まあ何といっても彼らは名前が潤一郎だから、本家の潤一郎としてはオツムの中までは保証できないけれど、とりあえずいいんじゃないでしょうかという感じではある。

さて、仔犬を選び家族として迎え入れ、飼い主が最初に行う愛犬生活の第一歩はこのように名付けなのだが、私は長年の経験から確信していることがある。名前は非常に重要な意味を持ち、その犬の一生に大きく影響を及ぼすのだ。

ところで、皆さんは「忌み名」をご存じだろうか。諸説あるが簡単に説明すると、これは親子や配偶者などの信頼関係のある相手以外には決して公に明かされない“本当の名”のことを言う。腹に一物ある者に知られてしまった場合には、呪いによって言いなりにされる可能性があると信じられていたらしい。だから普段はそれを隠し、仮の名の「通り名」を名乗って生活するという古代日本の風習なのだが、一種の言霊信仰のようなものだと理解してよいと思う。

私には「諺はかなり正しい」という持論があるのだが、昔の人たちの知恵はなかなかどうして真理にせまっていて、“名前の魔力”についても現代科学では解明されていない何らかの力が働いている可能性は否定できない。

以前、見るからにネクラなカップルが仔犬を連れてやってきて“ヒカゲ”と名付けると言った時、私は「どうせならヒナタにしなさい」と助言したものの、彼らの意志は固かった。証明こそできないが、ヒカゲが病気がちなのは名前のせいなのでは?と常に心にひっかかり、その短い一生を看取った時は無性に悔しかった。陰と陽の選択肢があるにもかかわらず陰気な名を選んだ場合には、悪い結末を招く力が働くのではなかろうか。

「うちの柴犬は“タンゲ”と名付けました」

その飼い主がそう言った時、「ほらまた来た!」と思った。案の定タンゲは犬同士のケンカで右目に深手を負い義眼の犬となった。“丹下左膳”とフルネームではなかったのは不幸中の幸いで、もしもそうだったとしたらきっと右腕も失っていただろうと想像した。物語のキャラクターの名をもらうなら、その身体的特徴にも注目するべきなのかもしれない。

ガブリエルはキリスト教において三大天使の一人である。しかしこの聖なる名を用いるとなぜか咬み癖がある犬に育つことが多い。愛犬に“ガブリ”と咬まれた大怪我で何針も縫うことになった飼い主にとって、愛犬の怒りの唸り声は大天使が最後の審判の際に吹き鳴らすラッパの音よりも恐ろしいことだろう。もし名前の神のような存在があったとしたら、かなりのトンチ好きに違いない。このような変な語呂合わせで現実世界に問題をもたらす癖があるのではないだろうか。

「身体の一部」を連想させる名もお勧めできない気がする。該当する部位に問題が発生することが非常に多いためである。ある奥さんがチワワに頰ずりをしながら言った。

「この子の名前はヒフちゃんです。1月2日に生まれたからです」

私の悪い予感は的中した。ヒフは遺伝性の脳下垂体異常から成長ホルモン欠乏性の皮膚病になって全身がカサブタだらけになってしまった。

先日、17歳という高齢で顔面にできた巨大腫瘍摘出を敢行した犬にも名前のもたらす運命を感じた。この博打のような危険なオペを受けた子の名は、やはりと言うかズバリと言うか“メンちゃん”だった。

こういった話をしたところ、ある女性が震えあがって犬の名を改名した。“ハナ”を“ハナサクヒメ”に改めたのだった。結局“ハナ”とついているので変わりばえしないと思ったが、すっかり歳をとった今でも鼻の病気にはなっていない。飼い主の極上の愛と強い願いは、名前がもたらす呪縛を打ち消す力があるのかもしれない。

皆さんの周囲には難治性の外耳炎の“ミミちゃん”や眼病にかかった“メメちゃん”はいないだろうか。科学者のはしくれたるこの私がオカルトチックなこじつけをするのは良くないこととわかっているが、データ的にはその傾向を認めざるを得ない。注意していただきたい。

イラスト/コバヤシヨシノリ

飼い主が命名する犬の名にはいくつものパターンがある。

特に意味がなく可愛らしく聞こえ、かつ耳に心地の良い名前に“ルル”とか“ララ”、または“ナナ”などがある。サラッとしていて可もなく不可もない印象ではあるが、言霊エネルギー含有率が少なそうなので、変なことにはなりにくいのではなかろうか。

先の“潤一郎”や“裕次郎” “永吉” “文太”など、実在する人物の名を愛犬に付ける場合、飼い主はオリジナルの中にある個性にあやかりたいと考えるらしいが、これには特にまずい現象を確認していない。しかし、何らかの作用が本当にあるのだとすると、好まざる部分も似てしまう可能性だってある。それが許せるかが問題だ。

“ペス” “ポチ” “コロ”などの場合は犬の名前一覧表的なものの中から好みのものを選んでいるだけだと思うが、一周回ってむしろ新しいかもしれない。

ただし“ラッキー”という名の犬はなぜかアンラッキーな一生を送ることが多い。これについては例によって、少し性格がヒネクレている名前の神に狙い撃ちされているような気がする。

自分の趣味に関する言葉を名前にする人もいる。たとえばクルマ好きの男性の場合は“ラリー” “ターボ” “パワー”などと名付けたりするが、人混みで「パワー!」とか叫ぶのは“きんに君”みたいでちょっと気が引ける。

恥ずかしいといえば、“ジョセフィーヌ” “クリスティーヌ” “シモーヌ”などのフランスっぽい名前を犬につけて、「ヌーヌー」言うのも個人的にはちょっと……と思っていたのだが、今こうして文章に書きながら何度も発音しているうちに、何か素敵かもしれないと思いはじめた。不思議である。

女性の場合は食べ物の名称を好む方が大変に多い。とある綺麗なお嬢さんが4頭のミニチュアダックスを連れてやって来た。

「センセ、この子は“キムチ”この子は“カルビ”この子は“ロース”そしてこの子は……」

「あ、わかったビビンパでしょ!」

と先読みすると、「ブー! 残念でした“アンニンちゃん”でしたー」と言う。どうやらもうデザートの時間だったらしい。

また好きなアイドルグループの名前も人気で“フックン” “ヤックン” “モックン”なども人気である。

ある日、恰幅の良い中年紳士が金無垢ロレックスをキラキラさせて、ヴィトンのキャリーから3匹のトイプードルを取り出した。

「“明美” “恵子” “梨花”です」

「なるほどね……」

「先生は鋭いからもうお気付きだと思いますが、実は2号、3号、4号の名前なんです。女房に寝言を聞かれても言い訳ができるように頭を使いました」

こういう余計なことを喋る方には「あ、聞いていませんでした……」と返すしかない。

前半に紹介した「縁起の悪い陰」「身体的特徴のある主人公」「問題行動の擬音に似たもの」「肉体の一部を連想するもの」以外は概ね無害と思うが、私が知らない名前に関する因縁が他にも沢山あるかもしれないので、名付けの際は注意していただきたい。

「ところでセンセの愛犬たちはどんな名前なの」という皆さんも多いと思うので簡単に説明しておくが、私の場合はあまり深読みせずに、フィーリングを大切にしてきたみたいである。

歴代の最初の4頭はみんな女の子だったので、全て花の名前がついていて、初代の白い雑種は“リリー”。2代目からは全頭ドーベルマンなのだが、“リーラ” “ビオラ” “イリス”と紫色の花が続き、5代目からは男の子なので花の名前は中止して“ありふれた男性の名シリーズ”に変更した。すなわち“オスカー”そして現在の6代目は“ビクター”である。これらに共通するのは呼びやすい3文字であることと全てドイツ語であることだ。

オスカーは「うーん、オスかあ……」と唸ってしまうような筋骨逞しい肉体に恵まれ、その性格も穏やかで悠々としていて実に男らしい犬に育ったので、トンチ好きの名前の神がたまたま良い方向に運命づけてくれたのかもしれない。

ビクターに関しては“勝者”を意味するその名の通り、無敵感ただよう大胆な性格になり、身体も過去最大級で体重はやがて70キロに迫ると思われるほど発育が良いものの、まだ経験値が浅いこともあってか、非常にくだらない事柄にビクつくことがある。もしかしたらイタズラ好きの名前の神がVICTOR=“ビクつく人”と解釈して悪さをしているのかと思ったのだが、私はこんなこともあろうかと、秘密の対策を準備していた。

実はビクターという名は「通り名」で「忌み名」は別にあり、しかもそれはかなりカッコいい。ビクターは私だけに従い、他の誰の言うことも聞かないが、それは私がビクターに命令する時に必ず心の中で“本当の名である忌み名”を念じるからで、これは宇宙の最後が来ようが、未来永劫、たとえ神であっても邪魔することも解き明かすこともできない、私たち親子だけの絶対の秘密なのであった。

野村潤一郎(のむら・じゅんいちろう) 野村獣医科Vセンター院長。至高の動物愛とブラック・ジャックなみの手術の腕は当代随一。自ら100頭以上の動物を飼育する、車とカメラが好きなマルチ獣医。コロナ禍でも動物たちは待ってくれない。最愛のものたちの命を守るべく、休日なしで日々奮闘中。
『動物医の不思議な世界 アニマルQ』
2025年2月27日発売

四六判、352ページ 定価1,980円(税込)

名獣医が語る、愛とミステリーに満ちた動物たちの真実

最新かつ高度な医療を提供する動物病院、野村獣医科Vセンター。科学に精通した獣医師であり、超動物マニアでもある野村潤一郎院長の腕を頼って、患者は全国から訪れる。そんな熱い病院に渦巻く、笑いと涙、驚愕と感動の物語。そして、なぜか院長の周りばかりに次々と起こる、今の科学では解明できない動物を巡る摩訶不思議な出来事、名付けて「アニマルQ」。新たな書き下ろしを加えて待望の書籍化。
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イラスト/コバヤシヨシノリ 『家庭画報』2022年9月号掲載。 この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

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