カルチャー&ホビー

工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】第5回「グリーンの瞳のラルフ君(前編)」

2022.08.12

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考えようによってはマサ子さんの性格がきついのは当たり前かもしれない。なにしろ大正生まれで、キャリアウーマンすら珍しかった時代に、デザイナーとして社会的に認知された。これはまさに稀有な例である。あまりに自我が強くて人間関係に支障をきたしたこともあったらしいが、その激しさが生きていく上では必要だったのだろう。実の娘の三奈江さんでさえも、母親とは距離を置いていた。まず母親のことを話題にすることはなかったし、一緒には住みたがらなかった。

「おばあちゃまの京都の素敵なお家はどうなさったの?」とラルフ君に尋ねた。どこかの雑誌のグラビアに載っていたマサ子さんの邸宅は、竹林の中に建つ和洋折衷の3階建てだった。モノトーンのデザインが異彩を放っており、たしか有名な建築家の作品だったはずだ。

「ああ、あの家ね。もう残ってないですよ。おばあちゃんが最後のダンナにあげちゃったから」


「ダンナって、おばあちゃまは再婚なさったの?」

「そうそう、そうなんです。25歳年下のダンナにプレゼントしたみたい」

「え?」

私はしばらく言葉が出なかった。三奈江さんは一人娘である。いくら同居していなくても、あの大邸宅を相続する権利はあっただろう。

「プレゼントってどういうこと?」

「よく知らないけど、とにかくおばあちゃんが死んだ時は、不動産はすべてダンナさんの名義になっていたんだって。そういうふうにママが言ってたから」

「ああ、つまりおばあちゃまは晩年に認知症になられたんじゃないの?」

「違いますよ。その逆です。頭はずっとシャープだったし、なんかよくわかんないけど、顔だってきれいでした」

どういうことかと私は頭の中であれこれ考えた。資産家の高齢女性が年下の男に騙されて、財産を巻き上げられる例は何度か聞いた憶えがある。たいがいの場合は判断能力が衰えてきたため、身近で優しく世話をしてくれる男性に財産のすべてを贈るという遺言を書いてしまうのだ。しかし、その場合でも、実の娘だったら異議を申し立てることは可能だ。いくら「全財産を彼に譲渡する」という遺言があったとしても、実子が相続する権利は法律で守られている。
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