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【快楽(けらく)】第1回「恋はいつまで(後編)」。工藤美代子さんが綴る成熟世代のリアル

2022.03.30

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ヒロミさんが感じたのと同じ衝撃を実は私も感じていた。75歳の女性が、そこまで羽目を外すことなど考えてもみなかったからだ。新しい恋愛に踏み込むのですら想定外なのに、アクティヴな性行為にのめり込んでいたという事実をどう捉えたら良いのだろうか。

確かに今の70代80代の女性は若々しい。熟年と呼ぶのはかまわないが、老女とは形容し難いほど健康で潑剌としている。最近はリアルタイムで恋愛中の女性から相談を受けることも増えた。悩んでいると言うよりは、自身がまだ現役の女性であることを自慢したいような感じだ。あるいは、共通の知人を名指しして、あの人まだ男関係が絶えないんだってと馬鹿にする悪口も聞く。

そこへサヨ子さんの事件が起きて、はっと目が覚めるような思いがした。ああ、そうか、そういうことなのかと。


75歳の彼女が男性の心を繫ぎとめようとしてやらかした自殺未遂は褒められた行為ではない。姉のヒロミさんまで巻き込んで迷惑な話だ。だいたい、そんなことをしたって相手の気持ちが戻って来ないことくらい、普通の女性は知っている。まして不倫関係なら尚更だ。

それと同時に、サヨ子さんにとっては性生活がかなりの比重を占めていたのかと思うと啞然とした気持ちになった。正直に言うと、まず恥ずかしい。常日頃、私は持論のように述べていた。セックスとはお互いの了解があって、他人に迷惑を掛けず、命に関わらないのなら、別にどんな嗜好があったとしてもそれは当人同士の自由だろうと。頭ではそう理解していても、シルバー世代の性については、まったく興味もなかったし、きわめて特別な一部の人たちの関心事だと決め付けていた。

しかし、サヨ子さんの一件以来、私の中で何かが吹っ切れたような気がした。そうか、人生百年時代とはよく言ったものである。昔は人生五十年と謡われたが、今はその2倍の歳月を生きることが可能だ。女性は閉経してから、さらに半世紀近い日々を女性という姿を保って社会と接する。その過程で恋愛を経験するのは当り前のことなのだ。だが、恋愛にセックスが伴う場合、女性たちの困惑や懊悩は深いのではないだろうか。

気が付いてみれば、私は、このところシニア世代の女性たちからの恋愛に関する悩みをよく聞かされる。それでも、一般には高齢者の性が認知されているとは言い難い。つまり、まだ社会の表面には浮上していないのである。つい20年ほど前には更年期の女性の性生活の問題が取り上げられることも少なかった。しかし、今では普通に語られている。特に偏見を持っている人はいなくなった。

一方70代以降のラヴライフに関しては、その実情に特化した解説書もないし、正解を教えてくれる先生がいるかどうかもわからない。個人がそれぞれに模索しているのが現状だろう。私もつい2、3年前までは、まったく問題意識を抱かなかった。

しかし、時代の流れは激しく変容している。冷ややかに蔑視する世間の目を恐れて、シニア世代が恋愛やセックスをあきらめる時代は確実に終わりつつあると感じる。

社会に向かって声高に叫ぶのではない。ただ、女性たちが自分の求める自由を得るために、静かに歩み始めた足音を、私はこれからしっかりと傾聴して、書き止めておきたいのである。

工藤美代子(くどう・みよこ)
ノンフィクション作家。チェコのカレル大学を経てカナダのコロンビア・カレッジを卒業。1991年『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『快楽』『われ巣鴨に出頭せず│近衛文麿と天皇』『女性皇族の結婚とは何か』など多数。
イラスト/大嶋さち子

『家庭画報』2022年4月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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