〔平野啓一郎さん自選の3冊〕
デビューから20年余り。多くの小説を発表してきた平野さん。そこに通底しているのは“愛”だという。「孤独な人間が、愛によって救われることを夢見ているというのが、僕が書く小説のテーマでもあるんですよね。あまり愛について書いている作家だと認識されていないんですけど(笑)」そう話すご自身が今、選んだ3冊は?
『ある男』(文藝春秋)アイデンティティの問題をテーマにした作品です。自分では背負い切れないものを抱えて生きざるを得ない人が、それでもどうにか生きていく方法を模索する。その選択は、社会的には必ずしも正しい方法ではないかもしれないけれど、彼の人間性を見つめることで、その人を愛することができるのでは、と考えました。日本でも世界でも、さまざまな差別が問題になっているけれど、そういうことにとらわれない人間観を読者と共有したい、そんな思いで書きました。
『マチネの終わりに』(毎日新聞社)(文春文庫)僕自身、本当に世の中にうんざりしていて、本を読んでいる間くらいは美しい世界に浸っていたいと、そんな気持ちの時に書いた小説です。いろいろなテーマが含まれてはいますが、コロナで疲れているこの時期、読書の陶酔感をぜひ味わってほしいです。
『葬送』(新潮文庫)2500枚という大長編です。なかなか手が伸びないかもしれませんが、僕の小説の中で『葬送』がいちばん好きという人や、この本を機に長い小説に挑戦したという声も聞いています。作品を通じて高貴な精神と崇高な人間性を書いているという喜びがあったし、『マチネの終わりに』を書く原型になったような小説でもあります。家にいる時間が長くなったこの機会に、ぜひ読んでもらえたらと思います。
平野啓一郎 (ひらのけいいちろう)
1975年愛知県出身、北九州市で育つ。大学在学中に発表した『日蝕』で芥川賞を受賞し、注目を集める。以来、小説、エッセイ、対談集など多くの作品を発表。美術や音楽にも造詣が深く、各ジャンルのアーティストとコラボレーションを行っている。近作に、映画化もされた『マチネの終わりに』ほか、『ある男』『「カッコいい」とは何か』など。2020年から芥川龍之介賞の選考委員を務めている。公式Twitter
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https://k-hirano.com/mailletter【平野啓一郎さんの最新刊】舞台は、「自由死」が合法化された近未来の日本。最新技術を使って再生させた生前そっくりの母と暮らす主人公・朔也は、「自由死」を望んだ母の〈本心〉にたどりつけるのか——。『本心』(
文藝春秋)
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎 中島里小梨(静物)