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古の歌人も愛した、生命力溢れる桃色の雫【桃染(ももぞめ)】京都のいろ・弥生 第5回

2021.03.03

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〔連載〕京都のいろ 京都では1年を通してさまざまな行事が行われ、街のいたるところで四季折々の風物詩に出合えます。これらの美しい「日本の色」は、京都、ひいては日本の文化に欠かせないものです。京都に生まれ育ち、染織を行う吉岡更紗さんが、“色”を通して京都の四季の暮らしを見つめます。連載一覧はこちら>>

【桃染(ももぞめ)】
古の歌人も愛した、生命力溢れる桃色の雫


文・吉岡更紗

長い冬が終わり、ようやく陽春のきざしが見え、桃の花が咲き、菜の花が咲き、そして蓬(よもぎ)などの芽が出そろってくる頃。3月3日は雛祭り「桃の節句」です。


中国では古来、奇数の数字は陰陽の「陽」とされており、その奇数が重なる日が季節の節目として様々な行事がとり行われていました。それが日本に伝わったのは奈良時代で、その後宮中の行事とあわせて行われるようになり、江戸時代には、1月1日(人日の節句)、3月3日(上巳の節句)、5月5日(端午の節句)、7月7日(七夕の節句)、9月9日(重陽の節句)、の五節句として祝う習わしとなりました。



京都の古美術商、思文閣が所蔵している雅やかなお雛様。写真/大道雪代

3月3日の節句は古来、春の祓(はら)え(禊<みそぎ>)の日です。桃の節句と呼ばれるようになったのは、桃が旧暦の3月3日頃に咲く花であることもありますが、古より魔を払う力を秘めた仙木であると考えられていたためです。邪気を払うために水辺で禊をした後に桃の花を浮かべたお酒を飲むことによって、その強い生命力にあやかるようになったのです。

女の子の節句として雛人形を飾るのは江戸時代になってからで、王朝の貴族の「ひいなの遊び」の習わしが発展していったものと考えられています。雛壇に供えられる菱餅の3色は、桃の花、白いにごり酒、そして春に成長していく蓬を表しているそうです。



写真/紫紅社

ところで、私は京都の南、伏見区桃山町というところで生まれ育ちました。現在はほとんどが住宅街になっていますが、かつては竹林や梅林、そして桃林があり、自然の美しさが近くにある場所でした。季節になると可憐に咲く桃の花を見に行っていた記憶があります。

そのあたりはかつて豊臣秀吉が築城した伏見城の城下町で、江戸時代の初めに廃城となり荒れ果てた土地となった場所に、桃や梅が植えられました。桃や梅の果実は、当時発達した淀川の河運を使って、大阪の天満の市場に運ばれ、とてもおいしいと評判になっていたそうです。伏見の山であったその周辺はやがて「桃山」と呼ばれるようになりました。



写真/紫紅社

桃山に咲く桃がことのほか美しいという評判を聞いてこの地を訪れた松尾芭蕉は「わが衣(きぬ)に伏見の桃の雫(しずく)せよ」と詠んでいます。満開に咲く桃の雫で衣を染めてくださいという意味です。

『万葉集』にも「桃花褐(つきぞめ)の浅らかに思ひて妹に逢はむものかも」桃の花の色のように染めた淡い色のような気持ちではなく、深い気持ちで逢っていることを伝える恋の歌があります。



写真/小林庸浩

色の名前は、「桜色」「紅梅色」と「~色」というように名づけられることが多いのですが、この2つの歌のように、その花色で染めたい、という思いがあるからなのでしょうか、桃の花の色を表す言葉は「桃染」と名づけられています。ただ、桃の花には赤い色素はなく、紅花で淡く染められた色です。

吉岡更紗/Sarasa Yoshioka



「染司よしおか」六代目/染織家
アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年生家である「染司よしおか」に戻り、製作を行っている。

染司よしおかは京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿など天然の素材を、紫根、紅花、茜、刈安、団栗など、すべて自然界に存在するもので染めを行なっている。奈良東大寺二月堂修二会、薬師寺花会式、石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手がける。

https://www.textiles-yoshioka.com/
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更紗さんのお父様であり、染司よしおかの五代目である吉岡幸雄さん。2019年に急逝された吉岡さんの遺作ともいうべき1冊です。豊富に図版を掲載し、色の教養を知り、色の文化を眼で楽しめます。歴史の表舞台で多彩な色を纏った男達の色彩を軸に、源氏物語から戦国武将の衣裳、祇園祭から世界の染色史まで、時代と空間を超え、魅力的な色の歴史、文化を語ります。






特別展「日本の色 吉岡幸雄の仕事と蒐集」

染色史の研究者でもあった吉岡幸雄さんは、各地に伝わる染料・素材・技術を訪ねて、その保存と復興に努め、社寺の祭祀、古典文学などにみる色彩や装束の再現・復元にも力を尽くしました。本展では、美を憧憬し本質を見極める眼、そしてあくなき探求心によって成し遂げられた仕事と蒐集の軌跡をたどります。

細見美術館
京都府京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
会期:~2021年4月11日(日)
協力/紫紅社
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