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2017/07/03

菊乃井 村田吉弘「日本のこころ、和食のこころ」七月 千日詣

菊乃井・村田吉弘 【日本のこころ、和食のこころ】二〇一七 撮影=小林庸浩

備長炭で旬真っ盛りの鮎を塩焼きに。
炭火のよさは遠赤外線、近赤外線の二つの効果。
表面を固めてうまみを閉じ込め、なおかつ
内部まですばやく火を通すことができる。
焼けるときのじゅうじゅうという音、
香ばしい燻香もご馳走のうち。

七月【千日詣】京都の家庭や料理屋の台所でよく見かける
「阿多古祀符 火迺要慎」のお守り札。
菊乃井の調理場にももちろん貼ってあります。
古来、火は人間にとって「浄化」であり、
「畏怖」の対象でした。
今月は調理に欠かせない「火」の物語です。

料理屋にとって火事ほど恐ろしいものはありません。
うちも愛宕講に入り、調理場すべてにお札を貼っています

京都は木造の家屋に住んでる人が多いですね。今でも祇園の町中や、上京の西陣の職人さんなんかが住んではったあたりは長屋も残っています。だから、京都人は火事がいちばん怖い。天明の大火は応仁の乱以来の大火災やったと、代々その怖さが伝えられてきています。

そのせいかうちのような料理屋だけではなく、普通のご家庭の台所にもたいがい「阿多古祀符 火迺要慎」のお札が貼ってあります。これは嵯峨の愛宕町にある愛宕神社のお札です。愛宕神社は火伏せの神様。カグツチノミコト(迦倶槌命)を祀り、全国約九〇〇社を数える愛宕神社の総本宮です。京都人は「愛宕さん」と尊崇と親しみの念を込めて呼んでいます。

記紀神話によるとカグツチノミコトはイザナミノミコトとイザナギノミコトの間に生まれた火の神であるとされています。愛宕神社には「千日詣(せんにちもうで)」という神事がございます。千日まいりともいい、七月三十一日の夜から八月一日の早朝にかけて御神体の愛宕山に登り、参拝すると一〇〇〇日分の御利益があるとされています。全国から参詣に訪れ、行け

  • 愛宕神社の護符とともに、富岡鉄斎の「火用慎」も。

    東京・赤坂店の調理場には愛宕神社の護符とともに、富岡鉄斎の「火用慎」も。

なかった親戚やご近所のかたの分もお札を求めるわけです。愛宕神社は「講」も多く、うちもほかのお料理屋さん三〇軒ほどと講に入っています。お社やしろを持ち回りでお守りし、毎日火をともして拝んでいます。

火は畏怖の対象であると同時に神であり、文明の証でもあります。火は人間にしか扱えへん。その火を使って料理ができるのです。火に神を見るのは日本人だけですね。

前もいいましたが、食べるものはみな、神様からのいただきもの、という考えが日本人にはあります。収穫物はまず水で洗い清めます。素材は神様からいただいた完璧なもの。完璧なものを保護している皮をまずむきます。余談ですが、だから日本人は食べられる皮でもむいてしまうんですね。皮をむいたままでは、辛かったり、苦かったりあくがあったりします。これはまだ本来の味ではないわけです。これを火を使って煮たり、焼いたり、あぶったり……。そのもの本来の持ち味を生かすために調理というものがあるのです。

僕は人類を最後に救う材料は米と大豆だと思っています。米は連作が可能なので、小麦に比べて養える人数が四割方多いという利点があります。大豆はもともと酵素阻害物質を持っています。ですから生のまま食べるとおなかを痛くしてしまうんです。大豆は火を通すことによって食べられるものに変わるもの。だから火を扱える人間だけが食べることができるというわけなんです。

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