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2016/11/01

菊乃井 村田吉弘「日本のこころ、和食のこころ」十一月 ご飯

菊乃井・村田吉弘 【日本のこころ、和食のこころ】 撮影=小林庸浩

季節の味覚を炊き込んだご飯には、白飯とはまた違った、おいしさ、特別感がある。心ゆくまで秋を楽しみたい。秋の炊き込みご飯(左から時計回りに)、むかごご飯、栗ご飯、かやくご飯、きのこご飯、銀杏ご飯。めし茶碗も秋らしい風情のものを選んで。むかごご飯、きのこご飯、銀杏ご飯の器/梶 古美術

十一月【ご飯】日本人の主食、米は縄文時代から
作られ今に至っています。
ユネスコ無形文化遺産に登録された
「和食」も米、ご飯があってこそ。
今月はご飯の大切さ、
日本の食文化に欠かせない
米についてお伝えしたいと思います。

米から酒が造られ、米麴から発酵調味料ができる。
お米は日本国、日本民族の礎です

 十一月二十三日は何の日か知ってはりますか? 勤労感謝の日? でもありますが、もともとは、新嘗祭(にいなめさい)といって宮中の行事に由来を持ちます。十一月に卯の日が二回のときは下卯、三回あるときは中卯の日に行います。飛鳥時代以降続く大変重要なもので、天皇陛下がその年の稲の収穫を祝って神様に新穀をお供えし、天皇陛下ご自身も召し上がる儀式。翌日に行われる豊明節会(とよのあかりのせちえ)とともに秋の代表的な宮廷儀式です。そして二十四日は「和食の日」。和食文化の大切さを再認識するきっかけの日となるように、との願いが込められています。特に力を入れているのがせめてこの日の学校給食は地域でとれた作物を使った和食にしましょうという運動です。ご飯にお味噌汁にお魚や野菜のお菜。食育というと大変そうですが、普段着のご飯でいいんです。自分たちが住んでいるところでどんな作物がとれて、どんな料理が作られてきたのか。それを知ることはとても大切なことだと思います。

  • 土鍋で炊きたてのご飯を供するのが菊乃井流

    土鍋で炊きたてのご飯を供するのが菊乃井流。ぬか臭さが残らないように、最初に入れた水はすぐに捨てる、米が壊れないように軽く混ぜるようにとぐのがコツ。

日本人、日本料理の礎『米』
 日本の米は縄文時代から作られてきました。記紀神話の天孫降臨では、天照大神が孫のホノニニギノミコトが地上に降るときに稲穂を与え、「これで皆の米を作りなさい」といったそうです。ホは穂、ニニギはにぎやか。ホノニニギノミコトはお米がたくさん実る神様ということです。昔の人はお米を天照大神からの授かりものと考え、毎年秋の実りの時には感謝を捧げたのです。また、稲というのはもともと「いのちの根」という意味を持つと聞きます。お米は中国、長江流域あたりが原産地というのが有力でそこから西へ伝わった品種が長粒種のインディカ種、東へ伝わったのが日本で作られている短粒種のジャポニカ種。初め、九州に伝わった米作りは瞬く間に青森県の北まで広がっていったようです。米は連作が可能なので同じ面積で養える人数が多い。麦が六〇人ならお米は一〇〇人。効率がいいですよね。当たり前ですが米は水で炊きます。日本の水は軟水でその水質のよさも米の食味には重要なことです。米と水でお酒ができ、米から米麴が、そこから味噌、醤油ができる。米が日本人の、日本料理の礎であるのは瞭然ですね。私たちがご飯として食べているのはうるち米で赤飯やお餅にするのはもち米。日本人はそれぞれの特徴を生かし、利用していろいろな料理やお菓子を作ってきました。

焼きたてのパンのように、炊き立てのご飯を供する
 料理屋でコースの締めくくりに土鍋で炊きたてのご飯を供したのは、僕が最初やと思うてます。もう三〇年以上も前になります。お客さまのペースに合わせて炊きたてのご飯をお出しする。「そんなん、ややこしくて大変や、できひんで」と皆にいわれましたが、今では当たり前のようにいろいろなお店がお出ししてます。僕が考えたのは、フランスの一流店で焼きたてのパンを出さないところはない。ご飯は炊きたてがおいしいのはわかっているはずなのに、それをしないのはおかしいということ。よく、「ヨーロッパ人の血はワインで、肉はパンでできている」といいますが、さしずめ「日本人の血は日本酒で、肉はご飯でできている」ということ。日本人の根本はやっぱりご飯、そして炊きたてのご飯には特別の思い入れがあるものです。

  • 菊乃井の米は「つや姫」
  • 米が壊れないように軽く混ぜるようにとぐのがコツ。

    菊乃井の米は「つや姫」。山形から直接低農薬のものを取り寄せている。

今年の実りに感謝して、ご飯を囲む
 昔の人は一人で四つくらいはご飯茶碗を持ってはりました。今のお女将さんとつきあっているとき、うちの母に「どんなお茶碗を使うてるか聞き」といわれまして。「夏はこんなお茶碗で冬はこんなお茶碗で……といえばまあまあええやろ。決まってないねん、家族皆一緒、夏も冬も一緒やといわはったら、考えもんでっせ」。また、「個人のお箸箱があればいいし、夏と冬でお箸を替えるようなら、よっぽどええわな。そういう環境が大切や」とも。毎日の食事をどう考えているか、大切に思っているのか。それが肝要ということなんやろうな。そういえば美山荘の先代主人、中東吉次さんは、どこに行くにも自分の箸を持っていってました。「箸は武士の刀と一緒や」とよういうてはった。
 秋、新米の季節です。今年の実りに感謝して、炊きたてのご飯を家族で囲む。そんな食卓こそが本当の贅沢、豊かな食卓だと思うのです。

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