• トップ > 
  •  > 
  • 連載 > 
  • 菊乃井 村田吉弘「日本のこころ、和食のこころ」十月 名残

2016/10/03

菊乃井 村田吉弘「日本のこころ、和食のこころ」十月 名残

菊乃井・村田吉弘 【日本のこころ、和食のこころ】 撮影=小林庸浩

茶事の懐石で最初に持ち出される、一汁一菜。向付は、鯛の柴漬け和え。柴漬けの由来は諸説あるが、その一つに、京都・大原の寂光院に隠棲した建礼門院徳子さまにまつわる悲しい物語がある。
里人より献上された素朴な漬物を、大原女が頭にのせて売り歩く柴にちなんで命名されたとか。燗鍋/梶 古美術

十月【名残】利休居士による茶の湯の大成は、
「和食」にも大きな影響を及ぼしました。
旬の大切さ、食材の持ち味を生かしきる調理、食材の無駄を出さないこと。
四季や自然の情趣を献立に込め、
何より、もてなすという精神性──。
今月は侘・寂の極み、名残の懐石のお話をいたしましょう。

名残では茶の湯の正月である口切りを控えて
一年を振り返り、いかにも侘びた風情を大切にします

 茶の湯では十月が名残月、十一月が開炉・口切りとなります。この名残とは、半年使った風炉との別れを惜しむ気持ちと、翌月新しい茶壺の封を切る口切りを控え、残り少なくなった茶壺の茶を惜しむ心の二つの意味を持っています。さらにここに、行く夏を惜しむ気持ちも加わり、十月はなんとのう、寂しい気持ちにさせられます。月も十六夜、満月から残月へ秋深まる。虫が鳴き、涼風も吹いて人恋しくなる。この季節、この「もののあわれ」を献立やしつらいに込めます。材料は鱧や秋なす、落ち鮎といった夏の名残が横溢したものがよく、料理も素直で野趣があり、素朴なものがよいでしょう。器も同様にざんぐりとした味わいのあるもの、焼物なら金継ぎを施したものを用いたりします。向付もお客さまによって器を替える「寄せ向こう」という趣向がされます。これは揃いの器が用意できない、事足りない侘の心の表現であります。金継ぎも寄せ向こうも景色や趣向を楽しむものとして日本人の美意識に深く根差しています。

  • 落ち鮎の煮浸し

    落ち鮎の煮浸しを、いかにも侘びた風情の金継ぎされた北大路魯山人の備前四方鉢に盛って。

万国に通じる美意識
 この「もののあわれ」な風情は料理屋の献立にも反映されます。侘はわびしい、寂はさびしいがもともとの意味です。この美意識は日本人にしか通じないかというとそうではありません。焼き締めの花器に生けられた一輪の椿を見てフランス人が「悲しい気持ちになる」といったことがあります。四季がある国の国民には日本人同様四季を感じる心があるんやな。また、フレンチのメインディッシュで鹿肉のローストにジロール茸を付け合わせ、すぐりジャムのピュレを添えた料理に「まるで秋の森を歩いているようだ」といったフランス人もいます。文化はそれぞれ違っても、ものの持ち味を大切にすること、もののよさを感じ取ることは万国共通なのだと思います。

温かいものは、温かいうちに
 お茶は八〇四年に最澄が唐から帰朝する際、一緒に帰国した留学生僧永忠によってもたらされたといいます。その後、臨済宗の開祖栄西が抹茶法と称する宋代の茶を将来し、これが茶の湯、茶道の文化の始まりとされます。この頃お茶は大変貴重なもので薬として喫されていました。室町時代になると書院式の茶の湯がさらに東山時代を境に侘茶へと移っていきます。侘茶、草庵式のお茶は村田珠光を祖とし、武野紹鷗へそして利休居士が大成したことはよく知られています。懐石(茶懐石)料理の様式は一六世紀に始まり、一八世紀の中頃にはほぼ完成されたといわれています。この懐石が日本料理に及ぼした影響は多大です。それまでの本膳料理=見せるための料理、権力を誇示するための料理と違い、食べ終わるごとに一品ずつ料理を供するといった新しいスタイルを確立しました。これは今では当たり前の「温かいものは、温かいうちに」いただけるというメリットがあります。さらに懐石はこの後のお茶をおいしくいただくための虫養いとしてのものであるため、分量も適度であり、余計な飾り物もない。また、季節や趣向といった茶の湯が持つメッセージが反映されるものであることも現在の料理文化を大きく発展させた一つの側面です。

  • 赤坂店の入り口
  • 精進だし(奥から)大豆、かんぴょう、昆布、干ししいたけ
  • 精進だし(奥から)大豆、かんぴょう、昆布、干ししいたけ

    左から煮物は名残の鱧と松茸。待合のしつらい。掛け軸は鈴木華邨の残月と菊、古伊賀の花器にはすすきや桔梗、萩など。花生けも店の主人の大切な心入れ。

茶の湯にある、節度と品位が大切
 僕のお茶の先生は裏千家の井口海仙先生です。先生にはいろいろと教わりました。「茶事で客は亭主の気持ちを感じなあかん。名残をどのように感じているのか客が感じなあかんのや」と。茶事が亭主と客の精神的なキャッチボールなら、料理屋の主人とお客さまも同じです。茶懐石の基本は一汁三菜。今月はこの簡素な献立の中に名残の心を込めました。それを感じ取っていただけますでしょうか。最近料理がオーバーデコレーションになっていく中、今こそ茶懐石に戻らなあかんと思っています。茶の湯にある、節度と品位が大切だと。節度はでしゃばらない、抑制の利いた緊張感。品位はそこにあるがままの姿。器選びから材料の切り方まで思いきりいったらあかん。そこに心が残る、残心がないと品がなくなるのです。小さく、華奢なものばかりが上品なのではなく、野太くても上品なものはある。そしてそれが僕の、菊乃井の料理と思うてます。茶の湯とはそういったことも教えてくれるのです。

名残の一汁三菜

  • 向付/鯛の柴漬け和え、菊花の土佐酢漬け、山葵
  • /合わせ味噌、焼き茄子、黒胡麻
  • /一文字飯
  • 煮物/清し仕立て、鱧葛叩き、松茸、三度豆、柚子
  • 焼物/落ち鮎煮浸し

  • 箸洗/椎の実、針生姜
  • 八寸/焼雲丹、銀杏塩煎松葉刺し
  • 湯斗
  • 香の物/日の菜、共菜

  • 1

この記事は全1ページです。