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  • 菊乃井 村田吉弘「日本のこころ、和食のこころ」五月 粽と柏餅

2016/05/02

菊乃井 村田吉弘「日本のこころ、和食のこころ」五月 粽と柏餅

菊乃井・村田吉弘 【日本のこころ、和食のこころ】 撮影=小林庸浩

村田家では、三つの三方それぞれに、柏餅、粽、赤飯の三角おむすびとたくあんをのせる。
柏餅の歴史は江戸初期にさかのぼり、端午の初節句には粽を贈り、その後は柏餅を配る風習があったとされる。

五月【粽と柏餅】五月五日は端午の節句。
宮中で行われた五日節会(いつかせちえ/端午節会)では
厄除けの力があるとされる菖蒲や
薬玉が献じられました。
今でも軒端に菖蒲をさす、
菖蒲を屋根に投げ上げる、
菖蒲湯に入るといった厄払いの
風習が残っています。
端午の節句と、粽(ちまき)、柏餅を中心に
和菓子のお話を伺いました。

中国屈原の故事に由来する粽、日本生まれの柏餅。京都では端午の節句に両方供えます

 端午の節句は端(最初)の午の日の意で必ずしも五月五日と決まっていたわけではありませんが、『令義解(りょうのぎげ)』(平安時代、淳和天皇の勅命により撰集された律令の解説書)には五月五日を節日としているので、この頃から五月五日に定まったようです。もともとは中国から入り、宮中行事となったもので、天皇が武徳殿に出御し、邪気を払い、延命祈願をしたものです。中世以降、宮中での端午の節句は衰退しましたが、武家・民間では広く男子の節句として祝われ、今では子どもの健やかな成長を願う日となっています。うちでは僕が子どもの頃から檜の大将人形を飾ってました。三段飾りになっていて鞍がついた馬や虎、桃太郎、鍾馗(しょうき)さんなんかもいっぱい飾って。後ろには矢屛風をしつらえ、必ず三角赤飯をお供えしたものです。あの頃はのんびりしててんな。うちの店の庭に鯉のぼりを立ててそれを見たお客さんが「大きい鯉のぼりやなぁ」とおっしゃれば仲居さんも「はい。うちのぼんのどす」と。お客さんも喜んでくれて一緒になって祝ってくれたものです。

  • 京都の店では五月の節句に大将人形が飾られる。

    京都の店では五月の節句に大将人形が飾られる。

  • 季節の節目、暮らしの節目である節句。これからも大切にしていきたいと村田さん。

    季節の節目、暮らしの節目である節句。これからも大切にしていきたいと村田さん。

撮影/久間昌史

 端午の節句といえば、粽と柏餅。柏餅は江戸初期に生まれたものだと聞きましたが、粽は古代中国から伝わったもの。粽の語源はいろいろな説がありますが、本来茅(ちがや)の葉で巻くので「茅巻」が転じたものとする説が有力なようです。茅は昔から神聖な葉とされ、食べ物を包む習慣がありました。端午の節句が近づくと京都のお菓子屋さんは粽を作ります。いわゆるおまん屋さん、餅菓子屋さんは米の団子で、上菓子屋さんは葛製です。柏餅は上糝粉の餅にあずき餡か、白味噌の餡をはさみ、柏の葉でくるんだもの。僕は白味噌餡がいかにもはんなりと京都らしくて好きですねん。
 粽は中国の悲しい故事からきていることを知ってますか? 戦国時代の中国の楚という国に屈原という王族がおったそうです。国を思っての直言が受け入れられず、江南の地に流されてしまいます。そして祖国が大国秦に敗れ、失意のあまり石を抱いて汨羅(べきら)江に身を投げてしまいます。これが旧暦の五月五日のこと。人々が屈原の無念を思い、その亡骸が魚に食べられないようにと、竹の筒に米を入れ、これを川に投げて祀っていましたが、あるとき、竹筒の米では悪い龍に盗られてしまうのでこれからは龍が恐れる煉樹(れんじゅ)の葉で包み、五色の糸で結んでほしいというお告げがあったという伝説が残り、これが粽の起こりとなっているそうです。また、五月五日に海難事故にあった高辛氏(中国神話上の帝王の一人で五帝の一人)の子が水の神となって人々を悩ませるので粽を海中に投じて水神の祟りを鎮めたという話もあります。

  •  -京都の節句菓子-

 粽や柏餅のように節句や行事でいただく菓子はほかにもあります。もともとお菓子の起源は果物でした。利休さんの頃の茶会記を見ても、お菓子は木の実や干し柿といったものがほとんど。それが、砂糖の輸入が始まる一六世紀からは急にお菓子の種類が増えてきます。それにともなって京都を中心にお菓子の店が誕生しました。和菓子は季節や自然、あるいは詩歌や物語、祝いの意味などを象徴的にデザインに込める。こういった美意識は日本人だけのものであり、その繊細な表現は他国には真似のできないもの。まさに和菓子は芸術やと思います。京都のお菓子屋さんはおおよそ三つのカテゴリーに分けられます。「上菓子屋さん」「おまん屋さん」「お餅屋さん」。例えば練りきりやきんとんといった、茶席にお出しするようなお菓子を誂えるのが上菓子屋さん。日常のおやつ、おまんじゅうなんかを作るおまん屋さん。そして餅菓子なんかを作るお餅屋さん。京都の人はそのときどきでお店を選びはるし、それぞれに懇意のお店があります。お店のほうでもお客さまのおうちのことをようようわかっていて、節句が近づくと「今年はなんぼお持ちしましょか」と聞いてくれます。宮中に由来する行事や節句をきちんと行う。それは宮中のお膝元に長く住まった京都の人にとってはある意味、当たり前のことであり、矜持でもあるんだと思います。

京都の店では五月の節句に大将人形が飾られる。

京都では、この日にこのお菓子をいただく、という風習が色濃く残っています。ここでは節句のお菓子を中心にご紹介いたします。葩餅/お年賀で宮中に参内した人々にお雑煮の代わりに出された味噌とごぼうをはさんだ餅が原型とされる。裏千家の初釜の菓子として用いられる。引千切/三月三日、上巳(じょうし)の節句の菓子。粽・柏餅/五月五日、端午の節句の菓子。水無月/一年の折り返し、六月三十日に過ぎた半年の無事に感謝し、この先の半年の息災を願う、夏越(なごし)の祓(はらえ)。氷片を模したういろうに邪気払いのあずきをのせた菓子をいただく。月見団子/糝粉(しんこ)を里いもの形にし、蒸したものにあずきのこし餡。着せ綿/九月九日、重陽の節句にちなんだ菓子。菊の露を含ませた綿で体をぬぐい、穢れを祓った故事による。亥子餅/旧暦十月最初の亥の日に宮中では御厳重餅(おげんちょもち)を調進する儀式が行われた記述が残る。炉開きの茶事の菓子に使われる。

菓子製作/御菓子司 聚洸

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