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2016/04/12

菊乃井 村田吉弘「日本のこころ、和食のこころ」四月 桜鯛

菊乃井・村田吉弘 【日本のこころ、和食のこころ】 撮影=小林庸浩

今橋炭渓作の大皿に鯛の蓬萊焼。
仙人が住むという蓬萊山にちなむおめでたい料理。「蓬萊山」の名がつく料理は緑(青のり粉まぶし)、赤(からすみ粉まぶし)、白(塩焼きに白ごま)、黒(黒ごまペースト)、黄(黄身焼き)の五色を入れることが決まり。緑は春を、赤は夏、白は秋、黒が冬を表し、黄はその中心にある、蓬萊山そのものを指すといわれる。水引と奉書でお祝いの席の料理に。

四月【桜鯛】古来、「めでたい」に通ずるとして珍重された鯛。
特に春の桜の時期からは、体色も美しいピンクに染まり、
めでたさも極まった感があります。
春、瀬戸内海を回遊する鯛の群れはまるで島のようにも見え、
「魚島(うおじま)」という言葉もできたほど。
今月は村田さんも大好きという鯛のお話です。

〝鯛は京都では「お」と「さん」をつけて、「おたいさん」。桜の時分は魚島の名のごとく群れてようけ獲れます

 鯛といえば、明石。鯛は日本中で獲れますが、僕はそう思っています。なぜ明石の鯛がおいしいかというと、二つの理由があります。まずは、明石という海の持つ豊饒さと海流。海底が複雑な地形をしていることで激しい海流が生まれ、それは鯛のえさとなる小魚や小海老にとってもってこいの環境であります。特に鯛の好物、いかなごがようけ棲んでいます。つまり、明石の鯛は激しい海流で身が締まり、栄養豊富なえさでおいしくなるということです。そういった自然がもたらす恩恵のほかに、もう一つ大きな理由があります。それはいうてみれば、明石の鯛をおいしく食べてもらうための人間の知恵と技術です。明石では一本釣りで鯛を獲ります。網で捕まえたものに比べ、体にがつきにくい。なにより、鯛にかかるストレスが違う。鯛にストレス?と思わはるかもしれんけど、科学的にもストレスによって乳酸値が上がると味が落ちると実証されています。一本釣りで丁寧に獲った鯛を、今度は担ぎと呼ばれる仲卸が明石から京都まで大事に運んできます。うちも信用のできる担ぎに長年頼んでいて、京都のみならず東京まで運んできてもらいます。鯛をしめるのは暗い中。鯛が安らかで半分眠ったようにリラックスしているところをしめてしまうんです。鯛はしめてから八時間後がいちばんおいしい。その時間を逆算して菊乃井には夜六時に味のピークがくるようにしめて持ってきてくれます。いってみれば、そこまで神経を遣い、技術を駆使するからこそ、おいしい鯛が食べられるわけで、これは技術があり、それに誇りを持って仕事をする「明石」だからこそできることです。

  • 平造り

    鯛といえば、まずはお造り。「鯛に始まり鯛に終わる」といわれるほど。薄造り、細造り、湯びきなどさまざまに。写真は平造り

  • 五世島田耕園作の「菊の童子」

    五世島田耕園作の「菊の童子」。腹掛けの「吉」は「吉弘」の名前から。四月は鯛を抱えて菊乃井の脇床に飾られる。

 桜鯛という名前もいかにも日本人好みでしょう。春、繁殖期迎えた鯛は体色も美しいピンク色になり、まさに桜の頃の桜色の鯛となり、身もおいしくなります。なにより、漁獲量が増えることで値も安くなり、家庭でも普段の食卓にのぼりやすくなります。普段は、「いやぁおたいさんや。今日は誰のお誕生日? なんかおめでたあるのん?」という始末屋の京都人も、「いやぁおたいさん、今日はお刺し身にしよか? 炊こか?」。台所でそんな会話が出るのも春だからやな。鯛は捨てるところがないのもいいところで、身はお刺し身や焼き物。頭やあらは煮つけに。今回は京都のおかず、鯛と筍の炊いたんをご紹介しましたが、ぜひ一度作ってみてください。薄味といわれる京都ですが、こんな甘辛味のいかにもおかずという煮物もようけ作るものです。鯛の身に力があってうまみもある。これも旬の木の芽もけちらず、たっぷりと添えてください。

 旬というのは「走り・旬・名残」とあり、それぞれがだいたい二週間くらいずつです。最近は名残の鱧いうても、いつまで名残ってんのやと思うくらいずっと使わはるとか、旬を考えない料理が増えました。走りいうて、お正月に筍やらたらの芽やら使う人もいててんな。日本には四季があり、私たちはその恵みをいただいてきた。旬ということは素材それ自体に力があり、おいしく、栄養価も高いということ。もういっぺん、旬を見直すことがとても重要だし、必要なことやと思います。

  • 鯛と筍の炊いたん

    鯛と筍の炊いたんは、京都の家庭の味。菜の花と合わせて旬の出合いを楽しんで。

  • さくどりした鯛の身

    さくどりした鯛の身を引く。お造りの中でも、魚の王者、鯛には特別の気持ちを持って臨む。

 鯛は神饌にも供えられ、京都では「お」と「さん」をつけて「おたいさん」と呼ばれるほどで、日本人にとっては特別な存在です。例えば、京都のお正月は「にらみ鯛」といって三が日尾頭付きの鯛を神に供え、その後お下がりとしていただくという風習があります。鯛にまつわる祭礼や風習は各地にあり、お祝い事にはかかせない魚となっています。どうやら日本人は相当昔から鯛をいただいてきたようで、貝塚から鯛の骨も見つかっていますし、『古事記』や『日本書紀』にも鯛の記述が見られます。鯛の体色である赤は古来寿ぎの色であり、「めでたい」の語呂合わせもあって魚の中でも別格として扱われてきたんやと思います。僕も鯛は好きやし、お造りを引くときもほかの魚とは違ってなんや晴れがましい気持ちを持って臨みます。日本人と鯛。深くて強い結びつきがあるのです。

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