• トップ > 
  •  > 
  • 連載 > 
  • 菊乃井 村田吉弘「日本のこころ、和食のこころ」一月 お赤飯

2016/04/12

菊乃井 村田吉弘「日本のこころ、和食のこころ」一月 お赤飯

菊乃井・村田吉弘 【日本のこころ、和食のこころ】 撮影=小林庸浩

一月【お赤飯】二〇一三年末、「和食」がユネスコ
無形文化遺産に登録されました。
その根底には、和食を誇るべき日本の
文化として認識させるとともに、
この文化が忘れられ、廃すたれないように
との強い願いがありました。
登録推進役の一人、「菊乃井」主人、
村田吉弘さんに日本人の拠りどころ、
「和食」について聞く連載です。

節目を大切にし、祝いの日は赤飯で寿ぐ ハレとケのけじめに、日本人の精神性をみる

 京都の祇園に昔から懇意にしてる小さいお餅やさんがあって、一年でいちばん赤飯を炊く日はいつや?と聞いたら敬老の日やって。何トンと炊くって聞いてびっくりしたけど、いかにも京都らしい話やなぁと。敬老の日には京都のどこの町内会でも町のお年寄りにお赤飯の折りを配る。敬老の日いうんは、ただのお休みの日ではない。社会に貢献してくれた人生の先輩に感謝の意を示す日ぃであって、日本人が続けてきた美しい習慣です。
 昔はもっとお赤飯を炊いたし、食べたなぁ。それこそ、人生の節目のお喰い初め、七五三、十三参り、成人式、結婚式、還暦。一年の中の節目でもお正月や三月、五月のお節句、お祭りの日。日本人はこの節目、「節」を大切にする民族やと思う。家族で祝うだけやけど、お正月にはうちのおじいさんは紋付き袴を着はったし、おばあさんは留袖や。親父は黒のダブルにシルバーのネクタイ姿。これは気持ちを正す、ということやと。このハレとケという一年の中でけじめをつけるというのは、生活にリズムをつけるということで、農作のスケジュールと密接に関係があると思う。ハレとケという考え方は単に装うとか、しつらうということではない。儀礼、礼節や儀式に通ずるこの考え方こそ、ほかの国にはない日本人のたしなみであり、この心こそが、大切に守り、伝えていきたい日本の文化ではないかな。

  • お神酒とお赤飯を供える

    店の敷地にある、弁天様の祠ほこら。前を通るときは必ず手を合わせる。正月にはお神酒とお赤飯を供えるのが習わし。

  • お赤飯の由来とされる、赤米

    赤飯の由来とされる、赤米。赤色には邪気を払う力があるとされ、赤米を蒸したものを神に供えたのが赤飯の始まりといわれる。

 赤飯の歴史は古くて『枕草子』にもあずき粥の記述が見られます。そもそも米が大陸から入ってきたときは赤米やった。改良されて白くておいしいお米ができたので、今では作る人も、食べる人ものうなってしまったけれども。日本人は稲作民族で日本の神道はそもそも稲作信仰をもとにしている。春になれば山から神様が降りてきてくださる。そして秋になれば豊穣の実りをもたらしてくれた神様に感謝する。赤い色には邪気を払う力があるとされ、神へ奉じるために赤米を蒸したものを供える風習があり、このお下がりを人間もただいたというのが、赤飯の起こりと聞きます。食味の落ちる赤米で炊いたものから次第にあずきで赤い色をつけたご飯が神様にも供えられ、人間もいただくようになっていったんやなぁ。もち米で作る、いわゆる今の「赤飯」は江戸、元禄期以降からのことらしい。

 ところで京都の商家では毎月一日と十五日には〝あずご飯〟、赤飯をいただく決まりがあった。この毎月何日は何を食べる、というんは「おまわり」というててんな。毎月決まったことが回ってくるという意味やと思うけど、これはとてもようでけたシステムと思います。まず、栄養面からいうと、商家は食べるもの、着るものは質でけたシステムと思います。まず、栄養面からいうと、商家は食べるもの、着るものは質素を旨としていた。そやけどね、毎月一日と十五日はあずきのご飯と大根とにんじんの紅白なます。お豆は健康にいい、脚気が多かった時代にポリフェノールの効果もあったのかもしれんな。それにたとえ目刺しでも尾頭つきをつければ、たちまちお祝いの膳になるわな。家族が健やかに暮らすために、一か月という単位で栄養のバランスがとれるようになってるんです。もう一つは、毎日何を食べるかが決まっていることでいちいち献立で頭を悩ますこともない。主婦といえど商家にとっては立派な働き手。お商売に携わることはあたりまえ。食事の用意にそうそうかまけてはいられなかったわけで、本当に昔の人は賢かったと思うわ。

  • 先付の赤飯蒸し

    「菊乃井」での一月の先付は赤飯蒸し。赤飯にゆばと生うにを添えてべっこうあんをかけた一品。まずはあつあつの料理になごみ、祝いの心を感じてもらう。

  • お赤飯

    祝い事があると赤飯を作り、お重に入れ、親戚や近所に配ったもの。南天を添えるのは「難を転じる」からきているといわれる。

 二〇一三年に、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。これをよかったよかったと、喜んでいるだけではあかん。登録されたということは「大切な文化・風習がなくなってしまうという危機に瀕している」ということ。だから、皆で守り、伝えていかなければならないということです。和食とはいったいどういった文化なのか、けっして豊か=経済力ではない、お金や物では幸せにはなれない──。この連載を通じて日本民族が何千年もかけて作ってきた食の形を見直して、本当の豊かさとは何なのか、日本民族の文化、アイデンティティとは何かを考えていきたいと思います。

  • 1

この記事は全1ページです。