エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2023年5月号に掲載された第22回、吉岡更紗さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.22 季にあひたる梔子の黄色
文・吉岡更紗
茶道の心得もないまま、年齢を重ねてしまったが、来客の折や仕事の合間に無作法ながら、工房の台所でお薄をたてて一服すると心が休まり、頭の中が冴えるような気がする。お薄のお供は、やはり和菓子である。自分の楽しみの時は、在りものになってしまうが、お客様には、その季節にあった和菓子をご用意している。
私は京都で200年以上続く染屋に生まれ、六代目を継いでいる。染めに使う染料は全て植物を主とする自然のもので、古来の染色技法を踏襲し日本の伝統色を再現している。そんな職業柄、和菓子の甘さや味もさることながら、ついつい意匠の美しさや彩りに目がいってしまう。
春、桜の見ごろを過ぎた頃、山吹の花が咲く。山吹は可憐な、赤みを帯びた黄色の花をつけるが、その花色について平安時代の歌人、素性法師は、「山吹の 花色衣 ぬしやたれ 問へどこたへず 口なしにして」(『古今和歌集』)と詠んでいる。山吹の花を、ふわりと脱ぎかけられた衣に見立て、美しい黄色の衣の持ち主は誰なのか、と問いかけても返事がない。それは、「梔子(くちなし)の実で染めた黄色だから」という意味と、「返事がない(口なし)」をかけているのである。
梔子は、夏に白い花を咲かせ、秋の終わりに赤黄色の実がなる。その実を煎じると独特の甘い香りが漂う。それを染料として、布や和紙を染める。また、漢方薬としても使われていて、血行促進や血圧降下作用があるといい、加えて和菓子や沢庵に色をつけるなど食用にも使われてきた。
「季(とき)にあひたる」という誉め言葉が、平安時代にはあまた使われていた。四季を細やかに捉え、その季節に咲く草木花の色を衣装や調度に取り入れるのが貴族のたしなみであった。和菓子もやはり季節感のある意匠や色合いのものが多い。この季節、梔子で色付けた山吹を思わせるようなこっくりとした黄色の和菓子を頂いて、まるで平安貴族になったような気分で過ぎゆく春を楽しむのである。
吉岡更紗江戸時代より200年以上続く京都の染屋「染司よしおか」6代目。染織家。アパレルデザイン会社勤務を経て、西予市野村シルク博物館(愛媛県)にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年、生家である「染司よしおか」に戻り、製作を行う。奈良・東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式、京都・石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事にかかわり、国宝の復元なども手がける。
表示価格はすべて税込みです。